#1001

高校生の勝負 #1


今日の出来事


本命の、京都私大の受験でした。
1月5日からの受験勉強は、まさにこの為にしてきたようなものです。

3日前からあらかじめ書いてあった“独り言”と
タイミングがいいのか悪いのか日記件数1000件目を受験前日に迎えることになったので
1月6日以来から伏線などを考えていた新カテゴリ“小説”の掲載で
受験勉強前3日間の日記掲載を済ませました。
小説についてはトップリニューアル時にまとめミニサイトを作るつもりです。

その3日間では徹底的に日本史のみをやりました。
29日に文化史の総まとめ。特に文学史は国語にも掛かってくる為、重点をおいて
ルーズリーフを半分に折って即席暗記ノートを作成。
が、思った以上に時間がかかり、30日は復習無しで次は通史の総まとめ。
原始古代から始めたのですが、30日には終わらず勉強最終日の31日に。

背水の陣となる31日。
30日に3学期最後の授業を迎え、
31日は休みだったので早起きして全力で取りかかりました。
8時20分起床、午前に1000件目の日記掲載を済ませて3時間勉強。
通史は半分を超え、昼食を適当に済ませて通史を終わらせました。
この時15時。いよいよ過去問に取りかかった・・・のですが。
16時、終了。結果はなんと得点率38%。え!??

ついに今までのツケが回ってくるという絶望に陥ったのかと思った瞬間でした。
10時間近く勉強してこれって・・。
原因を追及するべく過去問を追ってみると、どうやらこの大学は例年
古代~鎌倉時代に偏っている傾向があるようで。
第二次世界大戦を必死にやっていたのは間違いだったようで・・・。
後半戦は平安時代から教科書を読み直す事に。
20時から始めようかと思ったのですが、何故か寝てしまい始めたのは22時。
2時間の睡眠の直後から、70ページあまりを読み終わったのは4時間後でした。
結局31日は翌日に被った分を足すと13時間近く勉強したことになります。
過去最高記録を何倍も更新する大快挙でしたが、その大半を通史で無駄にしたと思うと・・。

1日を迎えるも、30分しか眠れずに5時半に家を出発。
新潟から受験会場の金沢まで、父が車で送ってくれる事になったのですが
その距離がなんと高速で4時間。富山-金沢間で今冬初めての積雪を見ました。
しかしその積雪のおかげで車の速度は落とさざるを得ず、結局受験会場に着いたのは9時半。
酔いの心配もあり、さらに夜明け前で暗かったので勉強はしませんでした。
その代わり1時間寝ました。

富山県を越えて石川県に到着。
金沢市内某所受験場の自分の座席を発見してから試験開始までの約40分、
初めて英語文法に手を付けました。当然ながらこんな短時間では実用制はなかったわけで。
単語やればよかったかな・・・。
余談ですが試験会場の男女比は意外と3対7くらいでした。
まぁ、自分の志望する学科の列は自分含めて2名でしたが・・・。
うん。しょうがないんだ。文学部は。ということにしておこう。

一限英語。目標40点。
作戦は、『マークで運に任せて3割取って、和訳の途中点で残りを取る』です。
もはや英語は実力でできる気がしないので、ほぼ完全に運任せです。
途中点をもらえると祈りつつ、和訳は分かるところだけでも記入。
所要時間45分。そこそこ真面目にやったつもりですが・・。
どうなるかは、これだけは完全に運次第です。さて、どうなることやら・・・。

休憩時間は試験時間より多い70分。昼食兼勉強時間といったところでしょうか。
一部の人を除いて静かなんだ、これが。当たり前ですが。
その一部の人達もぼそぼそと小さな声で話し合う程度でした。
僕はここで改めて初めて古典の勉強にとりかかりました。未然連用終止連体已然命令・・・
なんか懐かしい・・。文学史の方も一応パラパラとやっておきましたが、ほぼ頭に入らず。
二限国語。目標80点。
作戦は、『参考書を信じる』――これしかない。
実際、英語をカバーできないといけないので90点くらい欲しいところ。
過去問を解いた時よりも古典の手応えがあったので85点も越えそうな感じでした。
最初、古典を飛ばして評論から始めたら25分も経ってしまいやや焦り気味だったので
凡ミスがないか少し不安ですが・・。なんとなく記号も偏ってたし。
でも何かと記号偏った時って合ってるんですよね。それを信じるしかないか。

そして最後の日本史。これが大学入試最大の修羅場です。
休憩時間40分を利用して最後の追い込み。
しかしその時間もあっという間に過ぎました。

三限日本史。目標80点。
でも過去問は38点ということでもはや無理かと絶望した教科でした。
予想通り鎌倉時代までの範囲がでたのですが、少しピントがはずれてかなり古代寄りでした。
清和源氏はどこへ?と思ったら過去問と同じ内容の問題が1問。
さらに国語の問題にあった「金槐和歌集」が日本史にもダブっており、2問儲けました。
そして無駄かと思っていた通史の勉強が最後の大問で生き、中世以後についての問題は
かなり解けました。記述問題ができるとこんなにも気持ちいいのか・・。
この大問3はほとんど合っていると思うので、あとは1,2で分からなかった3問、
微妙な選択肢を問われた問題の確率の問題で数問ミスしていると考えて、
多めに見積もって70点ぐらいかな?・・多めに見積もっています。
「理想」とも言います。いや、理想は80点。いや、90点。

『北条氏が創立した図書館の名称を答えよ』
これが分からないと悩み始めてから体中がほてって頭が痛くなり始め、
さらに手は真っ赤に・・。やっぱり焦ってたんだろうなぁ・・。
全ては終わり、手応えとしては合計170~190点ぐらいでした。あとは運次第。
前年度の合格最低線は200点、倍率は4倍・・。
今年は志望学科の受験者数が10%あまり減っているので多少は下がると思いますが、
それでもギリギリ、受かるか受からないか、どちらかというと受からない率が高いかな・・。

帰りも大荒れで、帰宅は19時半。
車の中での4時間の仮眠(といっても横になって目をつぶっていただけ)のおかげか、
頭のほてりも家に入る頃には治っていました。

大学受験で、自分が力を発揮する場面はこれで4分の3が終わりました。
今日の第1志望の受験結果は10日に“合格者のみ書類郵送”だそうです(なんて残酷だ)。
残るは明日の金沢市某大学の第2志望を(新潟市内で)受験するのみ。
天気も荒れるみたいだし、親の送迎も今回は仕事関係で通用しない、
さらにはまだ現時点では場所を把握していないのでとりわけ行き帰りに不安です。

ちなみに受験勉強中、多くの残酷な犯罪が報道されるなか
「崖っぷち犬」の話を聞いて少し和んでいました。その時はまさに
『崖っぷちで救済を待つ受験生』と今日の一言に書いたくらい焦っていたのですが。
あと受験前日の日本史勉強中(後半戦)、音楽を数曲聴いて緊張をほぐしていたのですが、
受験中、その中のコブクロの“永久にともに”が頭の中でずっと流れていました。
こういうことってありますよね。
選曲の猶予もなく、何故か頭の中から音楽があふれ出てくるというか。
ちなみに受験地に着くまでは何故か
ピクロスDSの「今日のピクロス」タイムアタック時のBGMが延々繰り返し。
試験中なんかは国語で文字数を数えるのに邪魔になったりしていましたが、
ある意味では心の拠り所になっていたんじゃないかとも思います。

そんなこんなで明日午前にすべてが決着着きます。
まってろよ春休み!(もう入ってるけど!)

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