#1010

現実の話


今日の出来事 独り言


無謀だということなんて、最初から分かっていた。
元々名前と場所で選んだものだった。
偏差値は50ないと大学行く意味ないよと何か知っている風な顔をして言っていた
友人の言葉を信じて疑わぬようになった。
だから、その大学は最低線だった。合格しないと恥な気がした。

ゲームしかしない自分に、それ以外の趣味を見いだしてくれたのは
間違いなくこうして毎日日記を付けているこのブログだと思っている。
誰かに紹介したり、ホメ言葉をぶつけてくれるたびに自信を付けていった。
小説を書こうとした時に、文章力の無さに屈辱感を感じた。
それでも、文学部に行きたいと思っていた。
もともとそれを除いたら0である自分は、それ以外の選択を知らなかった。
東京が物騒という先入観、それを除けばかつて小学生時代に憧れていた任天堂本社のある
京都がいいんじゃないかな、と思った。これも、他に選択肢が見つからなかった。
関西は遠いからと説得する担任が自分を否定しているようでならなかった。
これを否定されたらすべて失うと思っていた。

近辺の大学はなんだか仏教じみているか、あるいは偏差値が限りなく高いものばかりで、
最初に選んだけれど結局これが最高の選択だと、自分に言い聞かせていた。
他がすべてぼやけて見えない。だけどこれだけは2年間見てきたからなんとなくわかる。
もうこれ以外選ぶ道はないと感じた。

ブログを通して得た、今ある物を書く力を伸ばす。
“どうでもいいような目標を掲げ、どうでもいいのに本気になる”
周りに何を言われても断固として、固執して勉強したつもりだった。
しかしやっぱり、遅すぎたみたいだ。

思えば今日の第1志望大学不合格が、自分の人生の初めての不合格だった。
高校入試は全員取るような倍率で、合格してもなんとも思わなかった。
今切り捨てられて、初めて入試というものを知った。

1月から勉強しても追いつけるはずもない。
まして模試では常にD判定だった大学になんていけるはずもない。
そうやって次々に今頭に浮かび続けているなぐさめ言葉が、凄く情けなくて、腹立たしい。
もう終わったんだ。仕方がない。無意識にでもどんどん浮かんでくる。
それが前向きというものなら、前向きに生きるということはなんと愚かな事だろう。

高校3年は勝負の年だったはずなのに、
夏休みが終わった時に、勉強したかと聞かれて笑って何もと答えたのは、
当時はそういうものだと思っていたが、実はとんでもない事だったようだ。

本気になったのに敗北するはずはない。
それはきっと、本気になる以前の積み重ねが足りなかったのだと、
・・・――だめだ。もうこんな言葉しか浮かんでこない。

金沢に行く覚悟は今の自分にはない。現実を捉えられないでいる。
これから自分はどうなるのだろう、と精神と身体が重なっていない。
9月、遊びに本気になってそして負けていた愚かな自分をただただ呪うだけだ。
その意味では、結局、3度戦って3度目の敗北を喫した。

もう終わったんだ。
受験とは、チャンスだった。いろんな方向性のある未来があった。
今、それが限りなく狭くなっている。これが現実だと言っているようにきしみながら。

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現実の話” へのコメントが 2 点あります

  1. 悲しいですね・・・。大丈夫ですか?私も一個落ちました・・・本命ではありませんが。本命は近いうちに試験がありますが、同じく受かる気はしません。あまり気を落とさず前向きにいきましょう。

  2. コメントありがとうございます。
    まぁ、できれば前向きに生きたいですね。
    落ちた事で何か必ずあるはず・・。
    それを“落ちなかったら得られなかった”とすれば、それもひとつの前向きですよね。
    落ちてしまったらどうしようもないので、
    昨日からそういう事ばっかり思い浮かべています・・。
    甲陽軍艦さんの本命試験、受かってるといいですね。

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