#1076

旅立ちの日


今日の出来事 独り言 自分


ついに家族と離れる日が来た。
春休みを新潟で過ごす最後の日だった。

この日も僕は昨日と同じく、一応眠れたのだが4時間だけだった。
6時50分の起床の頃にはすでに父が自分が荷作りした段ボールを運んでいた。
あわてて最後の私物をバッグなどに放り込み、7時20分に出発した。

そことなく、背中の後ろが涼しいというか、なにもなくなった自分の場所を後にする時には
今までに感じたことのないおかしな気持ちになった。
確かに、いままでで自分一人だけ引っ越すということがなかったから
今までにないのは当たり前かもしれない。
犬と別れるのは少し辛かったが、それでも泣けなかった。
やっぱり総合的には、この家では自分は快適と感じていなかったと思っていたから、
なんとも思わなかったのだと思う。

車の窓から見る風景も、もう当分会わなくなる。
徒歩登校だったかつての通学路に沿って車は走った。
バイパスに乗る道に出る橋を渡る前で、高校時代の通学路にも会った。
橋の下へと延びるその道を自転車で走る日はもう来ないだろう・・。
高速に乗ると、時間もないだろうからとケータイでブログを書こうとしたが、
車酔いのために断念した。名立谷浜というところのサービスエリアでうどんを食べた。
サービスエリアから出たあたりでいきなり母に今月分の生活費をもらった。4万円だった。
祖父母からの祝い金を合わせれば所持金はもう9万円近くに上る。
これが一人暮らしの大きさなのか、と思った。

車の中では眠れなかった。
なにより、『自分がこれから一人暮らしをする』
ということを自覚せざるを得なかったからだ。
どんなに辛いことが待っているだろう。
どんなに悲しいことが待っているだろう。
どんなに苦しいことが待っているだろう。
どんなに楽しいことが待っているだろう。そんなことを4時間考えていた。

これから住むことになる、石川県金沢市に到着する。
まずは不動産屋に行ってカギをもらいに行かないといけない。
その時にゴミ捨てについての説明があったが、大分細かかった。
アパートの住人が変なことをしでかすと不動産の方に苦情が来るらしい。
確かに細かくなってしまうのも仕方がないかもしれない。
ゴミ捨て場は比較的近かったが、ため込んでおくと運ぶのは大変そうだ。
他にもインターネット接続済みの物件ということで、メールアドレスの取得の説明があった。
別に必要ないといえばないが、とりあえず取得しないといけないらしい。
自分のケータイの番号を連絡先として不動産の方に教えておき、
そこでの用事はひとまず終わった。次に向かったのは自分のアパートだった。

とにかく狭い。住宅地の入り組んだ道路から、アパート内のボロい階段、
そして六畳一間の狭い自分の家。1人で済むのだから大した支障はないのだろうが、
しかし最初見たとき、何もないのに狭いその空間には驚いた。
一通り部屋を見たあと、今度は電化製品を買いに外へ出る。
第一陣はホームセンタームサシへ。とにかく長い買い物だった。
主要なものは、ベッド(ソファにもなるというものを買った)、カーペット、
炊事に必要な道具各種、電気ポット、電子レンジ、その他いろいろ。
7人乗り用の車にも満タンになってしまったので、一旦アパートに帰ることになった。

アパート内で父がベッドの組み立てに苦戦しているころ、ガス点検の業者が来た。
業者と父の作業が一通り終わると、今度は昼食兼第二陣に出発した。
しかしここら辺――出発時ですでに14時を過ぎていた――で、
僕は眠気と空腹でフラフラだった。しかし一通り買い物が終わらないと解決できない。
両親が日帰りであるという時間制限の為だ。
やや迷ったのち、ヤマダ電機に着いた。
冷蔵庫とコタツを買うのが目的だったが、親は思いもよらない事を言った。
なんと僕に新品のパソコンを買ってくれるというのだ。
「大学じゃあ何かと必要だろうから」
とかなんとか言って15万円もする、噂のwindows vista搭載モデルを買ってくれた。
実家にあったボロ共有パソコン(元は母の所有物)が壊れ、それが返って来次第
こちらに送るという予定だったが、なんともうれしい予想外な事が起きた。
おかげでこうして、1日目からもパソコンからブログを書いている。

母の財布が尽きてきたということで銀行に取りに行くのを待つこと数十分。
コタツと冷蔵庫とパソコン、さらにインターネット接続の為のケーブルを買って、
ヤマダ電機を後にした。帰り道をたどってみると家からめちゃくちゃ遠いわけでもない。
ゲームなどを買いに行く時はここにしようか、と思っている。
ヤマダ電機のすぐそばに大きなスーパーがあったので、
冷蔵庫が10日まで届かない分の冷蔵庫いらずの食糧調達に出かけた。
父と母が、あれががいい、いやあれは作りにくいからと軽い議論を重ねて
買い物かごを重くしていく。僕は自分から入れるなどということはせずに付いて行ったが
買い物かごはあっという間に満タンになった。

スーパーから出ると外はもう真っ暗だった。18時を過ぎていた。
一旦アパートに帰って、食糧を部屋に運ぶ。
そして最後に、外で夕食を食べようということになった。昼食兼夕食となった。
アパートからさほど離れていないところに中華飯店があり、そこに入った。
ラーメンやら餃子を一通り食べた。
餃子を作るのに手間取ったからと、お詫びに店員が杏仁豆腐をサービスしてくれた。
帰り道、バスカードの販売店を確認しようとしたが暗くてできず、アパートに帰った。

別れの時が来た。
バスカードを探せなかったからか、父が突然小銭をいくらか僕に渡した。
小銭渡しておく、といいながら札束まで混じっている。
「じゃあ、とにかく体に気を付けて」
母は言ってくれた。
父は、
「ゴールデンウイークにでもまた会おう。また日帰りだけど来るから。
慣れたらこっちにも顔だしてくれ」
僕に言っていたが、僕はうつむいてそっけない返事しかできなかった。
「最初はアルバイトなんてしなくていいから。生活に慣れることが大事なんだから。
お金が無くなったら、言ってくれればいくらでもやるから。
無茶しないで、何かあったらいつでも連絡してくれ」
父はそう続けた。それでも僕は、そっけない返事しかできなかった。
やがて数秒の沈黙のあと、軽い挨拶を残して両親は去って行った。
僕はたった一人でそこに立ちつくした。

その瞬間から、突然目頭が熱くなった。孤独感が一気に湧き出た。
父や母の言葉を思い出し、どうしようもない量の涙がポロポロと次々にあふれ出た。
ベッドに倒れこんでしばらく泣いていた。
お前は結局そんな情けない人間だったのか。
そんな感情が行き来するが、今はとにかく泣いてみたかった。
ありがとうという感謝の一言も言えなかった自分を強く悔いた。
恥ずかしい話だが、今もこの文章を書くだけで思い出し、泣きじゃくった。
キーボードをたたきながらモニタを見ているのがつらくなって、何度も顔を伏せた。

両親が去って、数十分泣いていた。
いいというか、悪いというか、
このタイミングで高校1年時代の友人のC君からメールが来たが、
「今は一人にしてくれ」とそれを拒んだ。今はとにかく泣きたかった。

少し涙の量もかすれてきた頃、このままではいけないと母宛てにメールを打った。
「ありがとう
 そっちもみんな元気でね
 クロによろしく」

たったこれだけの短文なのに、また涙が出てきて打つのに相当の時間を費やした。
そのメールの送信から、僕の一人暮らしは始まった。
泣くのは最初だけにしよう、そう心に決めた。

しばらくして返事が返ってきた。
「体に気をつけて ありきたりだけど(;_;)」

そのありきたりな言葉が、また心を震わせた。

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旅立ちの日” へのコメントが 2 点あります

  1. これから独りで暮らしていくのですか。すごいですね。私には真似出来そうにありません。いつかはしなければならないのですけれども・・・。
    数多の困難にぶつかるでしょうけれども頑張って下さい。影ながら応援しています。お体にはお気を付けて。

  2. お久しぶりです。コメントありがとうございます。
    今はなにより誰かからの便りが励みになります・・。

    今は苦労の連続だけど、慣れていけば一人暮らしでない時より楽しい日々になると信じてます。
    ともかくもネット上の“家”はずっと引っ越さないつもりなので、
    よかったらこれからものぞきに来てやってください。
    コメント本当にありがとうございました。

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