#1179

ゆとりの話


文化 独り言 自分


1日平均2時間で落ち着き、実は少し飽きつつもある動画投稿サイトに入り浸る毎日。
5月、従弟の紹介で行くようになり、数々の動画を見る日々になってから、
なんだか自分の行動がハメが外れているような気がしてならない。

動画投稿サイトへの先入観は決していいものではなかった。
著作権に絡む問題もあるが、そこの主たるものはいわゆるオタク好みのアニメだとか、
そういうものが常に上位で、僕が行っていいものだとは思っていなかった。
しかし入居後に待っていた限りなく暇な毎日、実家で鬱陶しいと思っていたものが
懐かしく思えるほどの大きなストレスが気持ちを圧迫した。
何か時間つぶしになりうるようなものに、支えを乞うことを余儀なくされたのかもしれない。
しかし、そう書いたのも真赤な嘘だ。
アニメは見るまい、としていたのに、
ランキングを漁ればサムネイルが勝手に目に飛び込んでくる。
再生数が飛びぬけて多いものがあれば、ふらりとカーソルを動かしクリックしてしまう。
そんなことの繰り返しで、いつの間にか僕は動画投稿サイトに渦巻く色に染まっていた。
ある動画をきっかけにして、一つも知らなかったアニソンをいくつも覚えたし、
MAD(あるテーマに関して、素人が原作動画を切り貼りして作成したオリジナル動画)
によく登場するアニメないしは有名人物のキャラクターやセリフもいくつも覚えてしまった。
さすがに原作を見ることは今もないし、これからもしないつもりだが・・。

ゲームに関しても、投稿されるうち上位に上がってくるのは改造系のものばかりで、
今までなら、任天堂への敬意というか、汚れのないプレイヤーであろう、
という意気込みがあったはずなのに、それが今はまやかしになりつつある。
(もちろん、実機を実際に改造するつもりは今もないが)

そんな毎日がそこそこすぎて、ごく最近だが、思ったことがある。
動画投稿サイトは、アニメを知らない人を引きずり込む力があり、
低年齢の人が見たとき、それは悪い意味の方での
オタクへ助長する力になるのではないか、と。
“悪い意味の方”とは、要は僕みたいな友達を作りにいかない人間のことである。
「ニコニコ動画」を見ていると、ユーザーみんながオタクだとしたら、
彼らはたぶん一般人が思っているイメージより全然凄い人たちばかりで、
社交性もありそうな人に見える。
動画投稿サイトを見る“だけ”の幼いオタクは、
多分将来そういう人たちの足元にも及ばないだろう。

僕が今まで見てきた“オタク”は2種類いる。
1種類目は、一般社会や学校生活などでは一般人と同じスキルがあり、
積極性もあるし、あと頭がいい。
2種類目は、元々ダメ人間で、とかく社交性に劣っていて、
友達ができなかったあげくネットに助けを求めた人種だ。
自分個人で今まで会ってきた人を挙げるとすれば、
高校時代の友人には前者がわりと多かった。というか後者があまり見受けられない。
中学時代は逆に、後者がいて前者がいなかった。
ただし記憶に残る限りでは後者も数名しかいないが。
そして大学時代、つまり今は、見る限り圧倒的に後者が多い。自分含め。
そしてネット上でのコメントや投稿される動画の内容を見る限り、
ここの住人は、活気があるからそう見えるのかもしれないが前者が多いような気がする。
もちろん後者っぽい人がいないというわけでもないが、
とにかく僕が言いたいのは、動画投稿サイトは、
“悪い意味の方”の、つまり後者の人間を多く生んでしまうのではないか、ということだ。

掲示板でも近いことが言えるが、動画投稿サイトはある種とある種ではっきり区別できる。
というのは、「動画を視聴するだけの人」と「動画を視聴して投稿もする人」の2種だ。
前者だの後者だのという言葉をまた使えば、
ここでの前者は“観る”という行為だけで十分楽しめ、かつ掲示板などよりも面白く、
それだけで退屈しない十分な量のコンテンツを用意してもらっている。
後者はそれだけで満足せず、動画を“作る”という行為を楽しむ。
ただ、ここで掲示板と違うのは、動画投稿サイトは
動画の投稿が掲示板の書き込みと違い非常に難しいということで、
これはもちろん小学生や中学生の生半可な“後者”オタクにできることではない。
あるいは、仮に投稿までこぎつけてもその完成度はたかがしれたものがほとんどだ。
当然、夢のランキング上位など到底及ばない。
そこで彼らは投稿するのを止め、視聴のみで満足するようになる。
それだけの毎日を過ごすようになる。
やがて、アニメの類のものをよく知るようになり、
例えばゲーム目的で入り浸っていたのがアニメオタクになった、
というケースも少なくないかもしれない。少なくともそれだけの情報量が動画にはある。

“厨房”という言葉を、多分こんな小さなブログに来た人ならだれでも知っていると思う。
詳しい定義は知らないが、“中学生”→“中坊”→“厨房”と派生した言葉で、
中学生という未発達な人間を蔑んで「空気が読めない痛い奴」とかいう意味がある。
(あるいは“厨”だけを語尾に付けて“甘党”の“党”のような意味で
 蔑んで特定のグループを指す傾向もある。例:批判ばかりをする人達→批判厨など)
最近はそれが“ゆとり”という言葉にとって代わられつつある。
ニコニコ動画を見ていると、“××も知らないやつはゆとり”とか
“いまどきのゆとりは××も分からないのか”などというコメントを多く見受けられ、
それが論争や荒らしの原因になっているケースも少なくない。
“ゆとり”はその名の通りゆとり教育を受けた、
あるいは受けている世代に対しての蔑称になっている。
というと僕もまさにそれに当てはまってしまうが、
そんなゆとりな僕でさえ、さらに自分より年下の動画投稿サイト利用の拡大があると思うと
痛々しくてたまらなくなる。

動画投稿サイトは入り浸るだけという非生産的な行為を自覚したうえで、
適度に楽しんでほしい、と切に思っている。
“この繰り返しが何をもたらすのか”をよく考えてほしい。
そういう意味では、テレビもゲームもこれと同じことが言えるかもしれない。
小学生や中学生からネットのみを憩いの場にしてほしくないと思う。
これは経験談だが、動画ばかりの毎日が続くと、掲示板とかそれ以上に
現実逃避をしたいという願望が心からわき出てくる。
本当に怖いものだと思う。

僕は親戚にも兄弟にも年上がおらず、ずっと年下を相手にする立場に立ってきた。
また、サイトの運営もゲームの対象年齢層からしても非常に幼いユーザーを相手にしてきた。
だからこそ、たまに年下という未熟な存在が愚かしくてたまらなく憤慨することがある。
平成生まれという人間をたまらなくバカにしたくなることがある。
この文章を書いてしまったのも、単なるストレス解消のためを言って過言ではない。
無関係の人が読んでしまったとしたら、本当に申し訳なく思う。
しかしこれが年下への、僕の本心なのかもしれない。

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