#1299

何もなくなった日々の話


独り言 自分


今、僕は、実家からの資金で物を買い、物を食べ、部屋を借りて、日々学校に行っている。
今僕は、実家からの資金だけで物を買って食べて借りて学校に行っている。
僕は今実家からの金を食い潰し続けたあげく学校をつまらなく感じている。

親不孝になるつもりはなかった。
実家を離れようと思ったのも、実家に自分が居続けると迷惑をかけると思ったからで、
かつてはそれは父に吹きこまれた事だった。
寸前になって、実家で大学生活を送るのはどうだと言ってきた両親の言葉を遮り
僕は家を離れる決意をした。

決意と言っても、それは物凄く曖昧なものだった。
家事や洗濯、炊事、その他の事は間違いなくこなさないといけないのに、
それらの事に対して“人ならできるだろう”と小さく見ていたのかもしれない。

今までのくだらない毎日。ゲームしていれば生きていられた毎日。
正直言って弟とずっと肩を並べているのは無理だろうと感じていたから、
実家を離れるまではまだ――今の僕に言わせれば、――幻想を見ていた。
しかし、いざ一人暮らしという孤島に立たされて、僕は文字通り絶望したのだった。

大学生活というのは自由奔放というイメージがあったし、
それは悪い感じはしなかった。とりあえず、縛られることはないんだろう、と思っていた。
自分が今まで生きてきた、規律だらけの暮らし。
その中にある“自由”というのは、自分にとって最上位の言葉に違いないはずだ。
“規律だらけの中の日々に自由を与えられると嬉しい”
これは間違っていないが、しかしその“自由”ばかりを大量に突きつけられた時代は、
“自由”が無いと思っていた時代より、はるかに辛いものだった。

5月末。
20型ワイドテレビが欲しいというのが発端になって、
アルバイトをしてみたいと思うようになる。
履歴書の書き方も知らないのに、テレビを買ったら何をしようかと考えていた。
結果は何度も書いたとおり、というより、これが成功していたら
僕は今こんなに暗くない。
それも、失敗の方法が悪かった。多少のドジはあったにせよ、
応募電話も面接もなんだかんだでうまくいっていたのに、
面接中、相手が遠まわしに人はかなり足りているといったような言動を口にしたこと、
面接の合否をしらせる連絡が2日遅れたこと、この2つで僕は何を思ったか、
最後の最後で自分から逃げた。
あの時電話を取っていればまだ分からなかったはずだ。
確率は低いかもしれないが、それでも0%ではなかった。
なのに、自分で積み上げてきた可能性を最後になって自分で壊した。

そのことが、多分今の自分を形成している元になったのだと思う。
自責の念というか、大きな後悔とでもいうべきか。
あの日の事を思い出せば思い出すほど、自分は仕事をする資格のない人間なんだ、
そう思うようになった。
バイトに関して頭をかきむしっていると、自然と次の苦痛が内から湧き出てくる。
バイトをしないと、自分が不幸なだけじゃない、
家族全員がものすごい迷惑を被るということだ。
奨学金月10万円でも賄えない学費と生活費とアパート代。
奨学金は9割以上学費で消え、アパート代はバイトをするしないに関わらず
親が持つと言ってくれたが、残る生活費は今月も親に“借りて”しまった。
その巨額を負担してもらって、実家が無事なはずがない。
結局、挫折しようが逃げようがバイトをしないといけない立場からは、
逃れるすべはないということだ。

前期が終わって、確かに僕は変わったのかもしれない。
昔の自分だったら、嫌だというものをしつこく勧めてきたって
相手が友人なら背を向けることはなかったと思う。
友人の1人が、バイトをする必要がない立場で、むしろバイトをするなと言われている、
という話をしていた。昔の自分が今の立場だったら単純にうらやましいだけだったろう、
しかしあの時の僕は、心底でかなり腹立たしく思っていた。
それが無意識に伏線になってあの行為に走らせたのかもしれない。
本気で楽しそうな人たちが羨ましくて、恨めしかった。

なんで僕はこんなに苦労しているんだ。
なんで僕はこんな生き方をしないといけないんだ。
なんで僕はこんな立場に生まれてきてしまったんだ。
なんで僕はこんな学校を拠点に生き続けないといけないんだ。
そんなことを四六時中考えるようになった。

早い話が、どこでもいいから応募電話を入れてバイトにリベンジすればいい話だ。
早い話が、金を掴めばいい話だ。
答えは出ているのに、それを直視できなくなった。

僕は少しずつ、自虐的で他人を拒む性格になってきているのが自分でもよくわかる。
ブログを書こうとすると自虐的な文章につい行ってしまうのがよくわかる。
そして、他人を馬鹿にしたくなるような性格になっている。
思えば9月10日のあの事も、この2つを象徴するような出来事だった。
今までの付き合い、そんなものに関係なく目の前の相手を排除しようとしていた。
“自棄になっている”という言葉がこんなにも似合う人間に今まで会ったことが無い。
そんな人間との初対面、相手が自分だとは、こんなに悲しいことはない。
自分より下の人間がいないことになってしまうのだから。

独りぼっちだと、他人の台詞というものすべてが自分に向けられているようで、
そして嘲笑われているように感じるようになる。
それがやがて、自分以外の人間を嫌う原因になるのだろうということを知った。
今までに会ってきた、自分がバカにしていた人間の気持ちが
少しだけ分かったような気がした。

それでも、僕はまだ暗い穴の底で上から誰か助けてくれるのではないか、
そう思っている。しかし現実は、幼少時代のように泣けば助けてくれるようなものではなく、
むしろ他人というものとの距離が信じられない位置にある、
そんな現状にある。僕が落ちた穴を、僕は自分でふさいでしまった。
もはや這い上がる以外に、人に見つけられる要素はない。

バイトから逃げ続けて3週間。
まさに生きた心地のしない毎日を生きている。
この生きた心地のしない毎日に慣れてしまいつつあるのが、一番怖い。

我ながら、同じことばかり書いていると思う。
どうやら一定期間が経つと突然こういう文章を書きたくなるようになったようだ。
第3者から見れば本当にくだらないんだろうな、と思う。

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