#1358

自意識過剰な話


今日の出来事 独り言 自分


9月10日付けの記事を読んだ人は1段落目は飛ばしても差し支えないと思う。
――夏休み、半年ぶりに会った高校時代の友人と何度も遊んだ。
夏休みの最後になって、唐突にみんなが帰る前にもう一度遊ぼうという提案があった。
半時間遅刻して到着したのだが、待ち合わせ場所にいたのは2人、
誘った当の本人は電話で呼び出すまで寝ていた。あと2人は来なかった。
何をしようかということになり、適当にぶらついて回り、
ある2人は別の知り合いと会ったからと自分たち2人を置いて30分井戸端会議、
それも終わっても、具体的にやることがないからとカラオケに行くことになる。
カラオケで歌ったことのない、よくいえば初心者、悪く言えば・・思いつかないが、
そんな自分にマイクを勧めてくる友人が、なんだか友人とは別の人物に見え、
何かを決心したかと思うと自分は高校時代を一緒に過ごした3人を無視して部屋を出た。
必死に自分で言い訳を頭で唱えながら帰った。
もう誘わないでという文章のメールをシカトした相手のうち1人に送った。
しかしそんなこと言うなよと、普段送らないような添付メールで
自分に返信を求めてくる友人だった。

その友人を、僕は再び無視した。
高校時代、口論すらしたことのない相手とまさかこんなゆがみができるとは思わなかった。
あれ以来は向こうからは何の連絡もないし、こちらからもしようとは思わない。
相手は悪くない。自分が全て悪い。
しかし、なぜか自分から謝ってまた交友関係を取り戻そうとは思わなかった。
その具体的な理由は今も説明できないのに、閉鎖的な気持ちはどんどん膨らんでいく。
“もう取り返しはつかない、だからしょうがない”
そんな言い訳をしながら、しかし夢では高校時代教室の中などでお互いに笑っている。
これが負け組というやつか、と思っていたが最近はそれすら思わなくなっていた。
だがそんな矢先に突如、今日の4限受講中にその時来なかった友人からメールが来た。
2限受講中にも別の当事者でない高校時代のクラスメイトからメールが来て、
1月4日にボーリングをしないか、という誘いの内容だった。
すべてを取り返すチャンスだった、が、それは自分にはあまりにも突然すぎた。
メールの返信をしないのも煩わしい、
気が付けば「保留」とか「断る」といったような字面が顔をのぞかせていた。
年内にメールがなければ断ったことにして、というような内容のメールを返信した。
相手はわかったとだけ返してきた。

その数時間後にまたメールが来たのだった。
“○○から誘いのメールあった?”
僕には、どうしても昼休み~3限の間に二人がコンタクトを取り、
2人目が断った理由を聞き出す任務を持っているようにしか読めなかった。
後期3ヶ月半で合計1通しかこなかったメールがこう都合よく数時間の間に来るはずがない。
それならば、本音をぶちまけて相手の様子を探ってみようと逆に考えた。
返答次第によっては、高校時代を思い出してなんとかなるかもしれない。
とりあえず1人目と同じく保留もしくは断るといった内容を送ると、
断っちゃダメだよ一緒に遊ぼうという明るい顔文字が付いた返事が返ってきた。
“実は夏休み最後に遊んだ時にいろいろあって・・”
両者の空気の違いを肌で感じた。まさに影と光、自分は影なのか、と思った。
返事がきた。
“夏休みのことなんて案外忘れてるかもよ?○○(当事者の友人)は単純だし”
単純なのかは知らないが、相手が自分ほど深刻ではないはずなのは確かだ。
自分のことを、卒業後にして初めてキレたとかいう感想を持っているだけかもしれない。
自分のように自己嫌悪に陥っている可能性は、ボウリングの誘いを受けた時点で皆無だろう、
と勝手に解釈していた。僕は、すべては自分のせいで、自分が落ち込んでいるだけなんだ、
ということを少しだけ詳細に書いた。大学で失敗したことは書いたが送信前に消した。
15分後くらいに返事が来た。
“大丈夫だよきっと。遊んでいればそんなこと忘れるって”
といったような趣旨の文面だった。
僕はその文を読んだ瞬間に、内容ではなく文全体の“説得力がない事”に注視してしまった。
何故かその説得力がないという事自体に反論したくなった。
根拠なんかなくたっていいというありふれた言葉を思いつけなかった。
正直言うと、相手が気にしているかどうかなんて関係なくて自分の内側の問題だ、
それにボウリングは以前遊んだ時にできない気がしたからぶっちゃけやりたくない、
そんな意味の文面を勢い打って送信した。自分でも自暴自棄がよく分かる。
これを送信すれば後悔するだろうというのもまたよくわかっていたが、止まらなかった。
“残念だけど無理して誘ってもつまらないだけだからしょうがないね、
行く気になったらまたメールして”
返信の文面から、相手が冷めたのがよく伝わった。絵文字で装飾されてはいるものの、
どう考えても“じゃあ勝手に落ち込んでいれば”と同意義にしか見えなかった。
最後のチャンスを棒に振った気がする。
いや、本当の最後のチャンスは大晦日、カウントダウンまでだ。
自分で宣言した“年内”のリミットで勇気を振り絞って当の本人やメール相手に謝り、
2008年初頭からガターの連続を覚悟でボウリングに行く。
その時に恥ずかしさや黒歴史や無責任さをすっ飛ばして2006年当時のようにふるまう。
これができるかできないか、本当のカウントダウンはこれからのような気がする。
友人数名との関係を失うか否か。

僕はいつも受けてばかりだった。
相手がこれしない?というまで自分から何も言わないタイプの人間だ。
しかし、ここだけは慣れないが自分から突っ込んでみるしかない局面に立たされた。
何も難しい話ではない。しかし、今の自分の思考でいけば到底突っ込む気にはなれない。
自分にとって、かつてなく過去が、そして未来が暗くなっていく。
以前、中学校の同窓会は絶対に出ないが高校なら出ると書いたことがあるような気がする。
もはや今や、同窓会と名のつくものすべてに出席する気はない。

過去こそが影だというのは前々から思っていたが、
今や光がどこからも挿しこまず、過去を創ることさえできない。

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