#1563

九年前、そこには確かに


空想 自分


冷房が酷い中古品で、湿度MAX室温32度の生き地獄が続くと思いきや
いきなり冬服をはおりたくなるほどの冷風が直撃したり、
おそらくはこれが続いているせいで最近体調が悪いんですうんたらかんたら・・・
とか最近書いていますが、落ち着いて考えてみれば超典型的な夏バテってことですよね。
ただでさえ一人暮らし中は一線を越えないと大作業ができない体質になっているのに
もうこの3日ほどは完全にやる気なしの状態。
今日は夏バテと自覚しているだけ昨日よりはマシですが・・。
正直言ってこれのおかげで本家第3代サイト制作は現在一時中断中。

さて、今日はたまには思い出話でもってことで久々に超眠くもないのに
夕方からブログ書いています。
蝉の鳴き声も聞こえ始めた夏・・。夏バテさえなければ、
こうやって懐古に浸ると今やっていることが加速したりもするんですけどねぇ・・。
何の話かというと、実はさっきまであまりにもPCの前に座るのが憂鬱だったので
実家から出る時に持ってきた“思い出箱”を開いて、自分の過去の産物を眺めていました。

正直言って、高い所にある重いダンボールを下ろす苦労を考えると、
いくら憂鬱でもPCでwikipediaを読み流す方が有意義といえるのでしょうが、
今日は思い出箱を開きたい理由が2つありました。
ひとつめは、3代目サイトのタイトル案の摸索。
今度ばかりは、例えゲームを完全卒業してゲームコンテンツが絶滅しようが
ブログを続けるために運営していこうと思っているし、
なにより4代目移転はなるべくしたくない、ここを終着点にしようと考えています。
それで、今までみたいにどっかの「ゲームの旱魃」とかいうブログみたいに
間の抜けたサイトタイトルはつけられない、
少なくともゲーム関連用語からは出ないといけない。
それなら一体自分は何を作ろうとしているんだと考えたとき、
まず思いつくのがこれなんです。
つまりは“自分を象徴した何か”が、きっとこの中にあるだろう、と。

ふたつめは、万が一この2代目ブログが終局を迎える前に
ほんのちょっとでも“語られなかった歴史”を書いておこうかなと思ったから。
“思い出”と名付けられたこの日記ですが、
主要たるものは2004年秋からの日々の出来事。
自分の基礎を築いたのはSDK2だとかぷよぷよとか、生まれは埼玉県だとか
昔話も一応ちょっぴり語っていますが、多分この“思い出箱”に入っているものについては
一度も語らなかったんじゃないかなと思います。
いや、一度だけ独り言でほんのちょっぴりだけ触れたかな?

箱の中身は約1,500枚のルーズリーフと、ミニファイルと、ゲームソフトパッケージなど。
最後のはどうでもいいとして、その語られなかった、物心がついた直後~2002年までの象徴が
この、膨大な量の落書きです。
1,500枚というのは推定量。2002~03年ころに一度数えたときは992枚で、
実家出る時に学校で使った分もすべて統合したからまぁ1,500はいっているだろう、
という適当な推測ですが、ともかく僕は昔から白紙に物を書くのが好きでした。
具体的に何を書いていたのかは今は割愛。ちなみに絵じゃありません。
しいて言うなら“企画書”でしょうか。
僕は、親戚や兄弟の多い中の長男坊というのもあってか、
とにかく昔から何かを企画・計画して、それを紙に書くというのが大好きでした。
何かしようという話になると、とりあえず紙とペンを用意する性格で、
月間予定表なんかは、今日見つけた中の最古の日付、1999年12月年末計画(小6)から
つい3日前に書いた2008年08月夏休み計画までと、今もなお続いています。
企画という方は、ゲームをやる性分じゃない従姉までを巻き込んでのトーナメントとか。
思わず一人笑いしたのなんかもあって、
 『第3回なんでもゲームトーナメント<スペシャルさいしゅうばん>』
 *やくそく…よけいなもんくはいわない・ずるしない
これなんかは本当に自分かよ、かわいいなwww
とか思いつつ、見てました。
実は裏でトーナメントに仕掛けられた罠に対する口封じになっていたりした可能性も、
まぁ否定はできないんですが・・・。

ちょっと話がずれていっていますが、高校時代の勉強ノートも350枚ほどありました。
比率からいくと国語15%、英語5%、生物40%、数学30%、日本史10%といった具合。
いやー当時の好きな科目が一発で分かりますね。
というか、ちゃんとノート取っていることに感動すら覚えました。
なんたって大学時代現在、ノートの中身は各科目(12科目)1%、落書き99%ですからね・・。

話を戻して、その企画やら計画のどこに“自分を象徴した何か”があるんだという話ですが、
まぁ厳密にはこれじゃない、もうひとつの落書きが重要なのですが
その辺は家族親戚以外の誰にもまだ喋ったことのない事なので
流石に3代目に回すとして、ともかく重要なのは中身ではなく、
今までこうやってあの日から今日まで、自己流なりに白紙にペンを滑らせていたこと、
多分、思いつく限りではこれが自分が自分と認識するに一番の効力がある
“象徴”なんだと思っています。
小説家が横から俺は18歳までに2,000枚書いたとか言ってきても、そういう問題ではなくて、
かといって書いてきた中身のことかと言われるとそうでもない気もする・・・。
とても漠然としていて言葉にできないんですが、
極力まで自己中心的に考えようとしているのは自分でも分かっています。
このブログしかり、今から作ろうしているものは自分と自分を繋ぎとめるもの。
そこに他人の意見や介入や比較は必要ないですしね。
・・もちろん、訪問者を一切遮断するようなサイトを作ろうというわけでもないですが。
まぁ、サイトタイトルはゆっくり決めようと思っています。
このブログの時は英和辞典をパラパラめくって30分で決まったんですけどね・・。

ちなみにルーズリーフは大会などの企画や長期休暇などの計画、
ゲームソフト発売前の総まとめからラインナップ一覧までいろいろありましたが、
実家を出るときも同様に読んだときとは違って、読んでてなんだか微笑ましかったです。
もちろん、顔が燃えるほど恥ずかしいのもあったりするんですけどね。
でも1年4か月前の荷造り時点では、どれも懐かしさ<恥ずかしさだったので
それだけ今は昔>今なんだな、と思うと少し哀しくもあったりします。
めちゃくちゃ楽しそうなんだけど、これ本当に過去の自分なの?と思ってみたり。
でも9年前、そこには確かにこれを書いた人間がいて、
それがほかでもない自分なんだと思うと、
やっぱり現状の悲しさより嬉しさが勝る気がしないでもない・・。
こんなに自堕落な生活をしているけど、それでも輝いていた頃があったんだ、と。
大晦日31日の日付のフォントが大きいのなんのって。
それだけ楽しみにしていた日がそこにはあったんだよなぁ・・。
・・1999年年末は親の都合で泣く泣く帰省できなかったんですが。

他にもクラス全員Mii化計画とかいって高3の時のクラスの名簿があったり。
今ではアドレス知ってるのにメアド変更のメールを誰にも送らず半受信拒否状態。
すでにみんな過去の人、過去の思い出です。

あぁ、あの頃はよかった。
バカだけどよかった・・・。
もう戻れないんだよなぁ・・・。

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