#1764

冬の枯れ木の話


独り言 自分


多分去年の半ばを過ぎた頃が契機だったのだと思う。
最近、毎日がとても忙しい。週間計画を立てると、向こう一週間は必ず何かで埋まる。
これが終わったら次はあれがあるという風に、手の休まる時がない。
そういう毎日が、とても楽しい時もあるし、苦痛な時もある。

来年は計画の内容や効率をもう一段階進化させようと考えていた。
2009年は勝負の年になるはずだった。
確かにまだ1月中旬という時期にこういうのは
いくらなんでも早とちりと言われるかもしれないが、
しかし現状、この19日間はほとんど何もしていない。

今週だって1日刻みでやることを用意してある。とても忙しい。
忙しい。はずなのに、いざ連休に入ってみると何もしていない。
やらなければならないことがあるのに、何もできていない自分が酷く情けない。
ここ数日間で何度か、今年全体の計画を練り直して
もっとだらけて過ごそうかと考えることもあった。

乗り越える壁は高ければ高いほどいいと言うが、
今の自分はまさに高すぎる壁に挫折している状況だ。
今年やろうと思っていたことというのは結局は趣味の域を出ないし、
そういう意味では壁を乗り越えた先にあるのは自己満足しかない。
けれど、完成したいという気持ちは今もあるし、それはとても大きいものだと思う。
ではなぜそれに向かって一歩目を踏み出せないのか。

昨日も書いたが、最近の自分は非常に消極的になっている。
単に“非常に”と形容していいものなのか分からないが、
少なくとも昔よりも趣味に対する積極性は失われた気がする。
『大規模な作業の始まりは大切だから万全が整った日にしよう』
といつも先延ばしにしてしまう。これが悪い癖だということは結構最近気が付いた。
しかし、日を選んで何かを始めるのが癖になった自分にとって、
いきなりなんでもない日に大切な事を始めるのはなかなか厳しい。
それを少しでも取っ払う年にしようと心に決めたのに、
やっぱり今日のような連休最終日にいきなり始めようとは思えない。
そうやって何年と言う月日を無駄にしているというのを自覚しているにも関わらず。

子供と呼ばれる巨大な木が、
そうやって可能性を一つずつむしり取っていって、枯れ木と呼ばれる大人になる。
もし、自分が躊躇というものを知らない性格だったら、
ひょっとすると現実の自分とは比べ物にならないくらいのスキルを持っていたかもしれない。
去年後半からやたら忙しいのは、
そういう事に対する後悔を少しでも今和らげようとしている悪あがきなのかもしれない。

センター試験の受験から明日で1年となる。
・・・むしり取った可能性の数は数知れない。
しかしだからこそ、残った緑が可愛くて貴重なものに見えるものなのだと思う。
それを頑張ろうと決心した去年末の自分は、そういう意味では間違いではないはずだ。

丸2年間、高校時代には敵わないと嘆き続けてきた大学時代前半。
この程度を取り返すくらいしないと、ほぼ枯れ木の自分にはもう後がない。

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