#1958

勧誘員二貫理屈抜き


今日の出来事


就活のこともあるしと04月末から取り始めた新聞ですが、
今日突然二社目の勧誘が来ました。
今取っているのは04月にかなり粘っこい販売員をよこしてきた読売新聞。
そして今日来たのは朝日新聞。

ピンポーン。
「おたく新聞とってらっしゃる?」
「あ、はい」
「読売?」
「はい」
「朝日取りませんか、朝日」
え?いや物凄いストレートだなおい。
「6ヶ月でもいいんでね、取りましょうよ」
「いや、読売取ってるんで…」
「だからその後でしょ、読売いつまでなの?」
「確か年末までだったか、4月までだったか…」
「じゃあ来年。来年から朝日取ってくださいよ、1,2,3,4,5,6月と、いいでしょ?」
「いや、あの1月から3月は実家帰るんで…」
「あんた何年?今年卒業なの?」
「3年です」
「じゃあ期末テストのために1月は戻るでしょ、その時に2週間取って、
その後4月から取りゃいいじゃないですか」
なんていうか、凄いなこの人。まるで客を相手にしている態度じゃないな。
もちろんこちらが偉ぶりたいという意味ではなく、なんだか高圧的と言うか。
「それとも何、読売がいいの?」
「いえ、そういうわけでもないんですが」
「変わらんでしょう、全国紙なんてどれも」
「そうですね」
「じゃあ朝日でいいじゃないですか」
いや、意味がわからん。

その後も、来月の総選挙の事を引き合いに出したり(何を言いたいのかはわからなかった)、
ちらっとだけ契約特典の話を出しましたが、金銭関係の話になったところで
「就活がどう転ぶかもわからないし、来年の予定は全く決めていないから今は決められない」
というような事を言ったら「また12月に来ますわ」と引き下がっていきました。
12月に来られても困るんだけどな……。

読売新聞の販売員はとにかく「私成績悪くて…実は今日もノルマまだなんです」
などととにかく自分を卑下したり、新聞の魅力よりも契約特典の商品券を全面に出して
「今だけがチャンスなんですよ」というフレーズを連発したりとなかなか策士でしたが、
今日の朝日新聞の販売員は、二言目には理屈も並べずに「取ってくれよ」
なもんで、せっかく手元にある特典カタログも僕に見せずに、とにかく強引でした。
なんていうか腰に剣があるのに素手で殴りかかってくる感じ。
ていうかなんかもう雰囲気がガタイのいいヤクザのような怖いおっさんでした。
ドア越しに話していたのでそこまで不安ではありませんでしたが。

ちなみに今月で3ヶ月目になる新聞ですが、
ぶっちゃけ、1面しか読んでないっていうね。凄いもったいないな…。
暇な時は2面や興味のあるコラムを読むときもありますが、最近はそんな光景は稀。
そして正直言って一面のレイアウトだけで言えば朝日の方が見やすいし、
心なしか編集手帳より天声人語の方が面白い気がするんだよな……。
なんていうか読売は政治批判ばかりしている感じ。まぁよく分かりませんが。
新聞取ってから政治関係の知識は少しずつ入ってきている気はするのですが、
それ以上はないという感じ。まぁ、本当に就活のためだけに読むだけなら価値は無いし、
読売の販売員に負けた時も、ある程度正しい判断はしたつもりなんですが、
いかんせんやる気と時間が無いと言う。
……と言っている割にはベッドでただうなだれているだけの時間が多い気がするんだよな……。

と、ここまで↑書いたところで突然本日二度目のインターホンが鳴りました。
なんだか分厚い本を手に、
「ぜひ、この本読んでみませんか」
と現れた二人。本のタイトルは、○○を信仰しないと日本は滅びる!というもの。
こんどは宗教勧誘かよ。なんなんだ今日は。
キリ○ト系の人は結構来て、二言三言話してチラシを置いていくだけなのですが
今回の日○○と思われる人達は、こちらの発言を待たずにいきなり本の説明を始めました。
「朝夜1回ずつこれを唱えるだけでね、心がきれいになるんですよ」
「これをしないと日本は滅ぶって言われていて……」
「十数年後には中国が攻めてくるんですよ」
「○○様は将来の日本の危機を予想していて、それが今なんですよ」
「近いうちに日本中の人達全員がこれを唱える日が来ますよ」
「意欲がない人も、反発する人も救おうとしているんです」

いや、流石にこれに呑まれるつもりはありませんよ?
宗教を全否定はしないけど、理屈抜きでものを考えろって今の自分に言っても絶対無理だし
そもそも理由や理屈がない言動を信用はできないし……。
まぁ、向こうも無理矢理勧誘しようと言うわけではないらしく、
「もし何か困ったことがあったらこの言葉を唱えてみてください。
 きっと力がみなぎると思いますから」
と言って締めて、去っていきました。

理屈か……。
以前の自分の考え方は、もしかすると宗教的な何かに似ていたのかもなぁ。
高校の先生も「理屈抜きで勉強しろ」が口癖だったしな……。
今はその逆を走っているつもりですが、どちらが正しいという結論が出るわけもなく。
高校の先生がいう“理屈抜き”と宗教的な“理屈抜き”は意味が全然違う気もしますが、
とりあえず、自分がすがりたいのは自分であって、透明人間ではないと言う事。
なんとなくうつろに、そんなことを考えています。

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