#2001

2001年の思い出


独り言

「2001年おめでとー! ハッピーニューセンチュリー!」
当時好きだった『星のカービィ』の漫画で、新世紀のかけ声を何にするかという話で、
アドレーヌという女の子が提案していたかけ声。
2000年12月31日、祖父母家に来ていた僕は、これをイトコたちに提案した。
そして、みんなで同時に新世紀を迎えよう。

21世紀になったのとほぼ同時に僕は小学校を卒業した。
卒業アルバムの名は「新世紀」。文集に何を書いたのかは覚えていない。
けれど、小学校高学年時代の僕は、
『ドラゴンクエストモンスターズ』というゲームに登場するスライムというキャラクターに、
それはもう夢中になっていたから、きっと文集にもスライムが登場しているのだろう。

中学に上がるのと同時に腕時計を買ってくれるということになった。
渡されたのはGショックのカタログ。
迷いに迷って、僕は15,000円ほどの「NAME CODE」という腕時計を買ってもらった。
これはただの腕時計ではない。文章をモールス信号に変換して発信したり、
逆にモールスを打って文章に変換することができる。
一体何の役に立つのか甚だ疑問だが、当時の僕はこれを大いに気に入っていたものである。
腕時計についてきたモールス信号表の紙を大切にとっておいて、一生懸命暗記していた。
大学生になっても身に付かない時計を身に付ける習慣が、当時は当たり前のように身に付いていた。

春になると『ドラゴンクエストモンスターズ2』というタイトルが発売になり、
それはもう夢中になってプレイしていた。
これはドラクエモンスターズの正当続編だが、ポケモンのように複数バージョンの販売である。
僕はあえて女の子主人公である方の「イルの冒険」を買った。
思えばこれが異性キャラクターを選んだ始めての体験だったということになるか。
周りは圧倒的に男の子主人公である「ルカの旅立ち」を選ぶ方が多かったため、
「イルの冒険」でしか手に入らないカギを持っている僕は周りに重宝がられた。
究極のスライムパーティを作るべく、日々走り回っていたものだ。

同じ町内の友達ができ、放課後はその友達の家で何人かと遊ぶようになった。
その友達の家で『beatmania 4th MIX』という音ゲーと出会い、
プレイステーションのコントローラーで音ゲーをすることが流行ったことがあった。
『Miracle Moon~L.E.D.LIGHT STYLE MIX~』という曲が大好きで、
よく三曲目に選んでいたものだった(四曲目は大抵最高難易度に挑んで玉砕した)。

1999年に大ブームになった遊戯王は中学に入ると大分落ち着いていて、
この頃も最新の状況を知ってはいたが積極的にカードを買いに行くことはなかったように思う。

年末にはクリスマスプレゼントとして我が家にもニンテンドーゲームキューブが来る。
同時に買ってもらった『大乱闘スマッシュブラザーズDX』に夢中になっていた年の瀬だった。

僕は中学生になったらてっきり、小学校時代のように遊ぶことはできなくなると思っていた。
しかしそれは単なる思い込みだったらしく、
むしろ僕の周りのゲームたちは発展していく一方だった。
親たちは相変わらずその様子を良くは思わなかった。
だから当時、ゲームは09時から18時まででそれ以前・それ以降は禁止。
さらに中学生になった僕に対して、
親は学校の宿題とは別に「新研究」というテキストを買ってきて僕にやるように言った。
今思えばそれが塾の代わりとなる配慮だったのかもしれないが、
それが長続きすることはなかった。

しかしだからといって勉強についていけなくなるようなことはなかった。
始めての英語も、このときはまだ難なくついていくことができていた。
2001年は、ある意味では中学時代の黄金期とも言えるかもしれなかった。

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