#2007

2007年の思い出


独り言

「自分を形作った一年はどの年だったか?」
その答えは今までずっと、“最盛期”である2005年、あるいは1998年だと信じてきた。
その年に自分の好きなものを確信することができ、
そして今に繋がる物事を始めた年でもあった。
しかし、改めて考えてみるとその答えは2007年と言えるかもしれない。それは、悪い意味で。

2007年初頭は受験のクライマックスだった。
さすがにこの時ばかりは僕もそれなりに勉強していた。しかし、すでに英語は切り捨てていた。
国公立を早い段階で諦め(というより学校側に諦めさせられ)、日本史と国語だけを重点的に勉強し、
センター試験では思いのほか好成績を収めた。
しかしセンター試験は学校に行かされたから行っただけで、
センター利用の出願をするつもりはなかった。

寝ても覚めてもゲームばかりだった僕が最終的に選んだ大学は3つ。すべて文学部である。
第一志望は京都にある大学だった。何故京都を選んだのか。
憧れの任天堂本社があるからだとか、東京は治安は悪そうだからとか、
そんな曖昧な言い訳は思いついていたが、具体的な理由があったわけではない。

そして02月10日、第一志望の受験に落ちたことで気分はどん底になる。
当時はそれでも数日後には立ち直って本家ブログの更新作業に勤しんでいたが、
今思えばこれが分岐点だったのだろう。

03月31日、一人暮らしが始まる時がきた。
僕は両親と別れた直後、何年かぶりに大泣きした。涙の理由は分からなかった。不安か、寂しさか。
ずっと実感の湧かなかった一人暮らしはなんとなく暗いイメージがあった。
自分にそれが務まるだろうか、などと思いを巡らせる暇もなく一人暮らしは現実となってしまった。
そうして僕は第二志望の石川県の大学へ通うべく、金沢での四年間の一人暮らしが始まった。

一人暮らしが始まって虚ろな日々が続くなか、
イトコからメールで「ニコニコ動画」というサービスがあることを教えられる。
当時はまだベータ版だったニコニコ動画は人が殺到していたために会員は予約制になり、
サーバーを増強次第、新しい会員IDに対して訪問を許可する仕組みになっていた。
僕が取得したIDは609078。当時は40万IDまで解放されていた。
そしていつの間にかベータ版ではなく「ガンマ版」になっていた05月02日、
一挙に777,777 IDまで常時開放になる。

僕はそれから、動画サイトに夢中になった。毎日デイリーランキングの100位までを見て回り、
インターネット文化の最前線を片っ端から体感した。
ゲーム以外のことにこんなに夢中になったのは、サイト運営以外では初めての経験だった。
当然帰省ではニコニコ動画の話になり、自分のお気に入り動画を披露する場所になった。

何がきっかけだったのかは覚えていないが、
『らき☆すた』というアニメに夢中になったのもこの頃だ。
多分、ニコニコ動画に違法アップロードされていた本編動画がきっかけだったのだろう。
僕は生まれて初めてアニメを楽しむようになった。
そしてそのアニメのキャラクターソングがきっかけになり、
ゲーム音楽以外の音楽にもますますのめり込むようになる。
携帯機種変と同時に音楽の再生回数を毎月記録するようになったのは、
この年の09月10日のことである。
それからずっと、『寝・逃・げでリセット!』は総合1位であり続けている。

秋には、自分も動画制作をしたいと思うようになった。
2005年の『メテオス』、2006年の『テトリスDS』に続いてゲームのやり込みをするならどれがいいか。
アパートに持ってきていたゲームの中で、当時一番のお気に入りであり、
なおかつある程度実力に自信があるものといえば『ピクミン2』以外に存在しなかった。
ピクミン2で、だれもやったことのないようなやり込みプレイを動画にしよう。
そう思い立ち、大学の講義の合間にはルートの草案を練るのが楽しみになった。
実際にプレイを開始したのは12月01日のことである。

このように、2007年は良くも悪くも動画サイトに熱中した一年だった。
そして僕はいつの間にか、大学生活で友達を作る機会を逸していたのである。
もちろん、それは動画サイトのせいだったとは言わない。
これは僕という人間の性格上の必然だったと思っている。
今まではたまたま偶然声を掛けてくれる人がいたから、グループに所属することができた。
大学ではそれがたまたま無かっただけだ。

高校時代は、仲間がいたからこそ、自分はゲーマーであるという自負もあった。
大学に入って間もなく、その自尊心は支え棒を失うことになる。
ゲーマーであるという自負だけではない。一人の人間であるという自負に関してもそうだ。
そうして僕は、孤独であるということによって自尊心を少しずつ蝕まれ、
そしていつの間にかそれこそが自分だ、と思うようになっていくのである。

こうして僕は、今に繋がる自己満足中心的な価値観を身に付けるようになった。
その転機は間違いなく、2007年にあったと思っている。

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