#2323

命の繋がり


今日の出来事 独り言 自分


去年百寿を迎えた曾祖母が亡くなったという連絡が今日入った。
夏休みにみんなが集まった時に納骨式をやると言われた。

不謹慎ながら、これもいつかは書く事になるだろうとずっと前から思っていた事だ。
葬式の時には唐突に親戚一同集まることになるのかという妄想もしたことがある。
実際に、もう葬式も終わったという段階でその連絡が入ってきた今日、
いまこうしてキーボードを叩いてそれっぽい文章を書いてはいるが、
以前妄想していた時程、実は感傷的でもない。

僕は今回の事を含めて、過去に7回、身の回りの不幸に出会ったことがある。
そのうち3回が中学高校の同級生で、実際にその3人と話した事もなかったし、
ほとんど会った記憶もなかったので、泣いたわけでもないし、葬式に出たわけでもない。
学年集会の時に女子が何人か泣いているのが印象的だったという記憶があるくらいだ。
あとの4回が、親戚やそれに縁のある人達で、
亡くなった人達というのはみんな自分の三世代上の人達だった。
4人のうち2人とは物心が付いて以後に会った記憶がなく、
他の1人もお年玉を貰ったぐらいしか記憶にない。
ただ、今回のひいおばあちゃんだけは、ほんのちょっとだけ会話をした事がある。

9年ほど前の夏帰省に五目並べを教えてもらった事があった。
僕や弟や従弟が三人がかりでひいおばあちゃんに挑んで、全戦全敗した記憶がある。
軽くあしらわれた時に見たひいおばあちゃんはそれなりに楽しそうだったが、
幼い自分は、どうして負けるのかが分からずに、解明しようともせずに、
その後は五目並べに没頭することもなく、翌日には他の遊びに夢中になっていた。

7年前、老人施設に入る前の年に、一度声をかけられた事を覚えている。
もちろん、他にも一言や二言ぐらいの会話はあったのだろうが、
今の自分はその2003年夏の夕食の時に、「女の子みたいだねぇー」
と声をかけられた事しか覚えていない。
なぜそれだけ覚えているのかというと、多分それが大きな黒歴史だからだと思う。
中学時代の僕は、耳が隠れるくらい髪を伸ばしていた時期があった。
それこそが黒歴史の核みたいなもので、ここではそれの意図とか言い訳は省略するが、
当時の自分は、それはもう幼稚な脳みそだったので、
親戚みんなの前で女の子みたいと言われた事に恥ずかしくなった分、
ひいおばあちゃんに対してとびっきりの罵声を浴びせてしまった。
今思えば、あの場面で親に殴られてもおかしくはなかったと思うのだが、
その時は何故か叔父や叔母やイトコに一斉に笑われただけで済んだ。
ひいおばあちゃんのその時の表情は覚えていない。

……自分とひいおばあちゃんの因縁で覚えているのは、この2つだけだ。
それらの思い出話は、あまりにも小さい。
あとは2009年に百寿のお祝いをした時にも会ったが、その時にはすでに喋れる風ではなかった。

何よりも実感がない。
感傷的になればいいという話でもないのだろうが、
ただなんともいいがたく、不甲斐ないと思う気持ちが次々に溢れてくる。
さっきからそれを文章にしようと思っているのだが、なかなか頭の中でまとまってくれない。
人の死を題材にブログを書いて自己顕示欲を発散するのは不節操だ、
日頃からお先真っ暗だと行っている自分はちっぽけだ、
といった自虐的な思考ならいくらでも出てくるが、
そんな事をここで書きなぐったところでどうしようもない。

ひとつだけ思うのは、大学四年になってますます他人との繋がりが希薄になっていた自分が、
命の循環という繋がりを再認識するきっかけになったという事。
今の自分は生きていて当たり前なんだなぁ、と思ったりした。
仮想の世界では今日も当たり前のように人が死んでいて、
幼い人達が当たり前のようにそれに接している。
しかし実は現実でも同じように世界のどこかで人が倒れているという事を、
こういう日に改めて思い出させられる。
そういう機会に巡り合うたびに、人は罵倒語を使わなくなっていくのかなと思った。

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