#2500

振り返った思い出 2010


独り言 自分


今年は長かったと思う。

今までの僕にとって、“長かったと思う感覚”というのは、
一日という尺度で考えれば、それは“充実していた”という信号のような存在に思っていた。
帰省などの特別な日に、それなりに一日を楽しんで夜を迎えた時に
ふとその日の朝の事を思い出そうとすると、それがまるで昨日以前の出来事のように感じる。
これがつまり充実感というやつなんだろうな、とよく思っていたものだ。

一年という単位でこれを感じたのは、少なくとも大学生活始まって以来は今年が初めてだ。
今までも、この時期になると01月の事を遠い昔のように思っていた事はあったが、
同時に「なんだかんだであっという間だったな」と感じていた。
今年はそれがない。いや、厳密には確かにあって、
それは物凄く巨大なものなのかもしれないのだが、
なんとなく直視しようとしない自分がいるために、その正体がとてもぼやけて見えている。
今年が長かったと感じているのは、実際に充実していたというよりは、
非充実だった事実に目を向けたくないからなのかもしれない。
しかし、一方で確かに趣味の面では少なくとも去年よりはいろいろな躍進があった。

2008年06月12日にふと思いついた事を発端として、
2010年を文字通り区切りの年にしたいとあらゆる妄想をした“2010年計画”。
その計画自体の是非はともかく、これの存在のおかげで、
今年を迎えた時はなんだか今までとは違う新年のように感じていた。
それは2008年を迎えた瞬間に感じていたものとはまた違うなにかで、
曖昧なのか具体的なのかも分からない、ポジティブなのかネガティブなのかも不透明な、
なんとも形容しがたい気持ちだった。

その計画は2009年の準備段階で破綻が見え隠れしていたものの、
これを切り口にして、“区切りの年だから”という理由を得て積極的になれるんじゃないか、
少なくとも今の趣味を整理する機会ではあるんじゃないか、という気持ちはあった。
しかし、例年のごとくそれに行動力がはっきりと伴ったわけではない……
が、“とりあえず伏線を作っておこう”という意識は
一年を通して心の奥底にあった。去年が2000年代を振り返る年だったのに対して、
今年はそれを踏まえて何かをしようという気概だけはあった。
それが2010年計画が生み出した産物だとしたら、
それは2010年代という白紙に下書きをするようなものとして形になった。

今年を長く感じたものの要因としては、真っ先にiPod touchが挙げられる。
ゲームという趣味の形が大きく変貌し、音楽という趣味が過去数年分に及ぶほど肥大化し、
デジタルに触れる機会がさらに増えていった。
僕の趣味は今までかなり限定的だった。
言ってしまえば、それはほとんどゲームだけだったと言っても過言ではない。
しかもつい一昨年までは、その大半が任天堂製ゲームだったという、
自分の視野の狭い事に遅まきながら気が付いた。
iPod touchの存在は、それを一気に広げてくれた。
上述でいう“伏線を作る”という意識で、映画の購入に手を出してみたり、
ごくわずかではあるが電子書籍への興味が具現化したのもこれのおかげだった。
そういう面では、2011年へとバトンを渡すべく、基礎作りをするような年だったと思う。

さて、できれば書く事すらしたくないのだが、
一方で確かに今年は幻のごとく短かったという実感もある。
言うまでもなく、“やるべき事”に対するスルー力が付いてしまい、
今年はそういう面での堕落が一気に進んだ一年だった。
どうやら自分は長期的な課題を継続的に取り組む事が苦手らしい。
それは大学受験の時に自分の弱点として自覚した事ではあるのだが、
この二年間、就活という名の圧迫に慣れてしまったせいで、
ただ単に取り組めないというだけでなく、
やるべき事に対面せず逃げる事すら当たり前になってしまった節がある。
去年以前、当たり前のように毎年黒歴史を生み出していた自分が、
今年はそれらしい巨大な失敗をしてこなかったと思っている一方で、
こういう負の面の成長があった事は、ある意味では過去最大の黒歴史と言えるかもしれない。
しかし実際のところ、そうであるという実感すらうつろだ。

マイナス面は就活ばかりではない。現在進行形で追い詰められている卒論は、
冬帰省への後ろめたさを倍増する足枷のような存在になった。
大学生活は実質的にほとんどニートの日々で、勉強しない事にも慣れ、
唯一奔走すべき卒論に対してもずっと実感がないを連呼していたせいで
仮にこのまま留年すれば2010年は表面上は本当に無意味な一年になってしまう。
いや、勉強面でいえば実際に無意味な一年だったと言えるかもしれない。
ネットの使い方という点でだけ言えば、去年よりは積極的になれた気はするのだが、
履修環境も相まって、勉強に対する消極性、知識の忘却は一気に進んだ一年だった。
知識が限定的になったとも言えるかもしれない。

そんな“長かった”という実感と
“短かった”という実感が降り混ざる今年をもう一度振り返ってみる事にする。

01月はiPod touch購入をきっかけに、今年を形作った1ヶ月だった。
しばしばブログでも書いていたが、この時期にこれを買ったのは本当に正解だったと思う。
02月は、この頃はまだ公務員試験対策講座などというものに出ていて、
就職活動に対する意識も今現在よりはよっぽど具体的だった。
しかしその講座も、講義形式があまりにも遅いという理由だけで切り上げる事になる。
同じく03月頃もまだ就活に対する意識はあって、この時に唯一合同説明会に参加した。
知り合いと一緒でないと回りにくいという理由を付けて、
結局ほとんどまともに企業ブースで足を止めなかったのは、
ある意味消極姿勢な自分に似つかわしい態度だったのかもしれない。
04月になると、いつの間にか就活という言葉は自分の頭の中から消えていた。
代わりに趣味面で伏線を作る意識が活性化した月でもあった。
この時に始めたTwitterは、正直言ってブームに乗っただけという実感が否めず、
未だにこれがどういうツールなのか分からず、
どういう使い方をするという方針が決まっていない。
これが本格化するか、透明のまま衰退していくかは来年次第といったところだ。
この月の月末と翌月05月は、今まさに年末特集に奔走しているのと同じように
ゲーム&ウォッチ三十周年記念特集や特設四代目の制作に追われていた月でもある。
すっかり衰退を自覚してしまっているサイト運営は、
今年は作業量こそ去年や一昨年を上回るという実感はあるものの、
迷走した感じはどうも否定できそうにない。
また、継続力が落ちて、特集を掲載して終わりというスタイルが身についた一年でもあった。
この辺は来年に改善を託したいところではある。

今年は集中力がない一方で、
授業が少なすぎるからか自堕落な日が平然と連続する事が多かった。
06月と07月はまさにそれで、思い返そうとしても何をやったという記憶がまったくなく、
そういえば体調不良ばかりで1ヶ月が終わっていたなという感想しか書けない。
週休六日というスケジュールに振り回されていた一年だった。
調子が良ければ六日間休日を満喫できるかというとそうでもなく、
調子が悪ければほとんど一瞬の出来事かのように六日間が終わっている。
一日の濃度というものがかなり薄まったような気がする。

卒論のための学生最後の夏休みである08月と09月は
まさに現在の追い込まれている状況を作った原因とも言える2ヶ月間で、
当然のようにやるべき事を無視して遊ぶ日々が続いた。
10月には4年ぶり新作のポケモンによって、一人暮らしが再開しながら、
まるで実家生活の続きかのように遊んでいた。
今年はコンシューマーゲームについては間違いなく意欲が低下したと感じているが、
この時のポケモンもしかり、春休みにPSPを買ったりと
決して去年よりも規模が縮小したわけでもなく、
むしろ購入直後の爆発力は実家生活時代並みだったと言えるかもしれない。

11月下旬から12月中旬までは体調不良によって文字通り何もしない日々が続く。
12月下旬からは去年よりは早めに年末特集に着手し始めるが、
現時点で追い込まれているのには変わらず、今年をすっきり終われるかはまだ分からない。

今年の自分は、自分にとってどんな意味があったのだろうと考える。
何となく、2010年計画というプレッシャーを意識していた事もあり、
それを意識してはいけないという事を意識していた事もある。
2010年計画とは、要するに理想の自分に近づきたいがための妄想で、
そういう事は今年に限らずもう何度となく日頃から考えていた事でもある。
理想の自分とはなんなのだろう。自分は何者になりたいのだろう。
そういう事を今年一年使って具体的に考えていたわけではないが、
いろいろな今年の出来事の根底に通じる事ではあるような気がする。

正直な話、1年半という伏線があった2010年を終える事に対する恐怖のようなものを、
今感じている。今年やりたかった事をまだやりきれていないという実感がかなり強い。
このまま、何も考えずに2011年を迎えるのはマズい気がする。
2011年を、僕はどうしたいのだろう。
これからおそらく急行落下のように過ぎていく年末に、
ちょっと考えてみようかと思っている。

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