#2583

隙間の卒業式


今日の出来事


春休み43日目。

この記事を書いている実際の日付は2011年04月17日。投稿日は04月30日。
すでに入学式どころか前期開講、
ゴールデンウィーク突入というところまで来てしまったところで
今更卒業式の話をするのもどうかと思うのですが……。
ともあれ、この日、四年間の黒歴史の清算である大学卒業式がありました。

0時就寝07時半起床(うろ覚え)。
卒業式会場は大学ではなく、むしろ自宅から大学よりも近いところが会場になっており、
なんだか卒業式っぽいプレイリストを作ったあと、それを聴きながら
20分前に着くようにバスに乗って会場へ向かいました。
会場には結構な数の人がいて、男子は自分と同じくスーツで、女子は全員晴れ着。
卒論完成の日に、卒論ゼミの教授と卒業式の話をした時に
女子はみんな晴れ着らしいという事は聞いていましたが、
それにしてもよくもまぁ、たった一日の為にあんな面倒そうな服を着るよなと
遠目ながら関心していたりもしました。別に嫌味を含んだ意味ではなく。

入り口で式次第を渡されて、
学科ごとに分けられた席に適当に座って待つ事十数分。
卒業式では、式辞というのは形だけで、偉い人や卒業生代表が口々に話題にしたのは
例の東日本大震災の事でした。
それ以外で覚えているのは、これからの情報収集は
調べたいものだけを見るネットも大事だが、自分の知らないものを知るために
是非とも新聞を読んで欲しいという、ここ七年間で飽きるほど言われてきた
読書推奨絡みの話だけでした。
あとは故事成語か何かを引いた話もありましたが失念。
卒業証書授与は学科ごとに起立して、代表者が壇上で受け取るというものでした。

卒業式が終わると、学部学科ごとに記念撮影をするとのことでしばらく待機。
しばらくするとお呼びがかかり、指定された会議室らしき部屋に行き
適当な立ち位置を取って記念撮影を済ませて、
「ありがとうございました。これで解散です」
と、僕のあっけない大学卒業式はいつの間にか終わっていたのでした。

この後祝賀会(震災被害者への配慮から、当日に“卒業生が集う会”に改名)
があったものの、これは事前に参加費10,000円を支払った人のみが参加できる
豪華パーティで、当日参加もできたものの、
引っ越しや大学院受験によって最後の奨学金もいつの間にか3万円を切り、
ここで使ってしまったら明らかに今後危ない状況だったため
もう自分はそのパーティに参加する権利もなく、ただ帰るのみ。
帰ったら急いで引っ越し準備をしないと、と思いつつも
どこから湧き出てきたのか名残惜しさを感じて、
しばらくはそこかしこで談笑がわき起こる賑やかな卒業式会場を歩き回っていました。
すると、偶然にも卒論ゼミの教授と遭遇。
ここで初めて大学院に進むことになった事を報告したらかなり驚かれ、
他にも、あの5日間で完成した卒論の話をしたりなんかもしました。
完全に偶然の産物だったわけですが、
これがなかったら本当に卒業式の実感も得られなかったんじゃないかと思います。

名残惜しさを感じつつも、その後会場を後にして最寄りのバス停へ。
ところが次のバスは1時間半後で、会場に戻る方向に歩いた方が早いため
またしてもあの地獄の坂道を徒歩で帰る事に。

帰宅後は、まず明日引っ越しという土壇場で見積もりができないかどうか、
引っ越し業者に相談しようとしたのですが、
もともと見積もり時期が遅すぎて期待薄だった上、
実際には地震の影響で一週間以上の猶予が要るとのこと。
仕方がないので親に連絡した上で、家族総動員で引っ越しをする事に。
さて、引っ越し当日の明日、果たしてちゃんと引っ越せるのか否か……。
と書いている現在、新居生活一ヶ月を超えていたりしているわけですが。

そんな波乱の引っ越し準備によって、実感がないどころか
“引っ越し準備の合間”程度に終わってしまった卒業式。
会場から離れる時に若干の名残惜しさは感じたものの、
それは大学生活そのものへの執着心ではなかったと自分では分かっているし、
本当の意味での四年間の精算と言うには
あまりにも味気なかった卒業式だったなと思います。
それに加えて、こうして卒業後約一ヶ月が経とうとしている時になって
ようやくその日の日記を書こうとしているんだからなおさら……。

中学卒業式の時にやっていたような、学校生活を思い返す妄想も、
そういえば今回は全くありませんでした。
自分にとって大学生活とは何だったのか……。
――というのは、自分にとってはあまり直視したくない事実なのかもしれません。
だからこそ、余計に実感が薄かったのかもなぁ……。

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