#2900

暇つぶしの話


独り言


ゲームで真剣にハイスコアを出そうと思ったとき、それは「想像力の勝負」になる。
より広範囲の事を考えられる人がもっとも強い。
広範囲、というのは、単に空間的なものだけではなく時間的なものも含む。
ゲームの性質によっては、さらに次元が広がって、
「もし~なら」という過程の先まで想像する必要があったりする。
そこまで考えるのは容易ではないし、よっぽど物好きではないとそこまでは考えない。
『テトリス』で言うなら、初心者なら画面下部を注視して
空白を作らないという事だけを考えていれば事足りる。
ちょっと上手くなると、空白を作らず、かつ4ライン同時消しの事を考えるようになる。
さらに上手い人は、“Next”に表示された次のピースを見ているかもしれない。

去年ハマったポップンにも同じような事が言えるようで、
最初の頃は必ず“ポップ君が重なったら叩く場所”を見ていたが、
最高クリアレベルが上がってくると、そのラインは視界に入らず、
曲を演奏しながら、常に0.3秒くらい後に落ちてくる次のポップ君を見るようになった。
今音が鳴っているポップ君だけを見る場合と比べると、
この方が次に落ちてくるポップ君への対処がしやすい。
感覚的には、耳で現在の音を把握してそのまま(頭を通さずに)手先に情報を伝え、
さらに目で見た次の音の操作方法を(頭を通して)手先に追加情報として送る、
といった感じだろうか。
ただし、僕はこのゲームは自称中級者で止まってしまった。
そういう“一曲単位”での攻略方法に注視して好きな曲ばかりをしているうちに、
あるレベルから全くできなくなった。
このゲームは、いろんな曲をプレイして苦手な譜面を片っ端から克服するのが、
上達の近道だという。
僕には、約900曲のライブラリを全部やろうとする気概は流石にない。
レベル43を叩くような人達は、やはりよっぽどの物好きなんだろうなと改めて思った。

他にも、2005年にハマってインターネットランキングで上位まで行った『メテオス』も、
そういう風に手を動かしながら先々まで考えるゲームだった気がする。
ゲーム歴の話をする度に出している『ピクミン2』を2007年末に録画した時は、
ゲームクリアまでの道筋を紙に書いてまで計画した唯一の例だったが、
それなりに成功したように思える。

ポップンでの苦手曲に対する意気込みはまた別の話として、
多くのゲームは「先読み」した方が勝ちであるという法則を持っている事が多い。
先読みしたいと思ったとき、勝つまでの道筋を想像すると有利になる。
僅差で負けたりすると、「そこまでは考えてなかった」と直感的に思うときがある。
僕は、あれはいつも想像力の勝負で負けたのだと考えてきた。
将棋や囲碁や麻雀など、いわゆるボードゲームは、まさに想像力むきだしの決闘だ。
そういったもので勝つと、運も含めてあらゆる面で勝ったような気がして気分がいい。
無論、負けた時の悔しさもまた別格だ。

乱数というやつは、そういう経験則による先読みをかき乱す効果を持っている。
先読みをかき乱す事自体は、ボードゲームの対戦相手とさほど変わらないかもしれない。
しかし、例えばカードゲームなどの場合は、自分の手札の並びが
全く予想できない並び順になっていて、
相手と競い合う以前に先読みが不可能な事がある。
経験を積み重ねて、ある程度想像通りのデッキを構築することができても、
結局本番になれば、まず自分の手の中で何が起こるか分からない。
そこに対戦相手の事も加味すると、勝ちまでの道筋を想像するのは相当に難しい。
そこがカードゲームの面白さでもあると思う。

人の想像力に個体差があるのは当然で、
ゲームが求める想像力もほとんどタイトルごとに違う。
ただ、多くの場合は、ゲームの一番最初に
筋道の一番最後の部分だけを教えてくれる場合が多い。
そこまで至る道がシンプルなほど想像力を求められない反面、あっさりしている。
『ポケットモンスター』のような育成中心のRPGや、
『どうぶつの森』のようなシミュレーションゲームは
ゴールがいくつか用意されて、好きなように選べることもある。
ゴールまでの筋道に、自分のこだわりを表現できるゲームは面白い。
かといって、こだわってもゴールの高さが全く変わらなかったりすると達成感はない。
あまりに選択肢を向こうから提示されても困る。
この手のゲームと、スコアアタック重視のゲームの違いは、
そういう小さな要素を与えられるか、自分で見つけるかの違いだと思う。
自分の道筋を見つけられるギリギリの難しさを持ったゲームに出会えれば幸せだ。

こんなことを考えていると、たまに、実生活も同じようなものに見えてくる。
案外、この世は本当に“人生ゲーム”なのかもしれない。
ギリギリの難しさを走り続けられる人は幸運な反面、
レベルアップもスコア伸ばしも怠ってきた人に立ちはだかる壁は無情だ。
リセットボタンも存在しない。
チュートリアルは、あったような気もするし、なかったような気もする。
説明書は、強いて言えば先人の知恵の事なのかもしれないが、
少なくともそこにはゴールの事は書いていない。
そもそも対戦相手はどこにいるのだろう?

ゲーム中にスコアを確認することはミスに繋がる。
今、自分はこの世で何位なんだろう? などと気になり出すとすぐに手が止まる。
先読みする想像力がなかったからこそ、今おかしな事になっている。
などと書くと馬鹿だと言われてしまいそうだが、
けれどゲームばかりして青春を捨ててきた自分にとって、
ゲームがこれからの何かに繋がる“説明書”であって欲しいとは思っている。
こんなに長く続いているひとつの事柄が、
「暇つぶし」で終わってしまうのはあまりにも勿体ない。

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