#2952

タイムカプセルを開ける会


今日の出来事 自分


春休み36日目、実家帰省2日目。

かつて、面目を保つためだとかいう類の理由で、
もしあったとしても行かない、を貫こうと決めていた同窓会。
それが去年夏に、高校同窓会という名目の飲み会を開くかもしれない、
という話が回ってきて、しかもそれが毎年必ず行っている
祖父母家の地域の花火大会と重なった期日だったりして、
同窓会に対するもやもやを感じたものでした。
結局あの時はいつものメンバーで終わったそうで、取り越し苦労ではあったのですが、
その時に考えた結論は、まぁ高校なら同窓会に出てもいいかも、
という比較的前向きなものでした。

そんな自分に今度届いたのは小学校の同窓会。
正確にはタイムカプセルを開ける会とのことで、
寸前までハッキリしないまま過ごしていたのですが、
参加できない場合、家族に代わりにタイムカプセルの中身を取りに来て欲しいと言われ、
埋めたものを覚えている自分としては、それが家族の目に触れる事よりも、
家族が当時の同級生に混ざって物を受け取らなければならない事を考えると、
もう自分が行く以外に選択肢がないだろうと、
半ば強制参加のつもりで参加することにしたのでした。

小学校5~6年当時の通学路は、徒歩25~30分程度だった記憶があります。
その道を敢えて歩いて行こうと思っていたら、
なんでも自分が卒業してまもなく、新校舎が出来たために
自分が通っていた校舎は廃校になってしまったんだそうです。
というわけで、新校舎までの道のりを歩く事に。
この道は高校時代の通学路でもあり、新校舎はその途中にありました。
徒歩にして約10~15分程度と、前より近いところにあった上に、
それはもう旧校舎とは比べものにならないくらい綺麗な建物でした。

旧校舎は、校区内の児童数に似合わないほどの小さな校舎だったという事もあり、
自分が5年生の時にはグラウンドを3分の2潰して作ったプレハブ校舎というものができ、
できたての頃、クラス別に学活か何かの時間に見て回った記憶があります。
ちょっと記憶が曖昧なので、せっかくだから旧校舎もちょっと見てきたかったのですが、
実際には新校舎のほんの端っこしか見てくることはありませんでした。

新校舎は、最初どこから入るべきなのか戸惑っていたのですが、
自分と同じくらいの年齢とおぼしき人達がみんな一様に同じ入口に入っていくので、
そこについていく事に。案内の張り紙に従って進むと、
レクレーション室みたいな部屋に、40~50人程度の人達が
見事に壁際に並んで、そこかしこでしゃべくっていました。
入ってすぐの受付ではPTAの担当の人がいたので、名簿にチェックを入れた後、
自分も壁際に避難してざっと周りを眺めたのですが……
見事に知っている顔がいないという。
小学校時代友人として付き合ってきた人達はことごとく欠席しているみたいだし、
これはちょっと居づらいなぁなどと思っていると、
全く知らない人に話しかけられました。
なんでも、本人の代理として来た本人の兄弟のようで、
新校舎凄いですよね、とか、全く覚えてないんですか? といった事を訊かれました。
本人の名前を言われて、そういえば頭の隅にそんな人の名前があるような、
ないような……。と終始悶々としながら話を合わせていました。

しばらくすると、クラス別に集まってという指示があり、
当時の担任の先生4名からの挨拶がありました。
先生方はもう全員が自分たちの卒業した小学校に今はいないみたいで、
自分たちと同じく、今日で新校舎に入るのが初めてだったようです。
挨拶が終わると、いよいよクラスごとにタイムカプセルを開ける時が来ました。
……タイムカプセルといっても巨大ごみ箱みたいな形でした。
こんなものに入れてたっけ? 本当に記憶がない。
ただ、封筒のようなものに遊戯王カードを入れた事だけは覚えているというくらい。
実際にそのタイムカプセルを開け、先生がひとつずつ取り出してみると、
封筒だけじゃなく、クラス全員分の手形と名札、『冬の星座』と書かれた習字、
2001年03月23日の自分から2011年03月23日の自分宛の便箋、
そしてクラスの集合写真や時間割まで入っていました。

周りの人達の中には封筒をすぐに開ける人もいて、
自分以外にもカードゲームのカードを入れている人が結構いました。
自分はと言えば、中に『カオス・ソルジャー』というカードを入れた事も
まだ覚えているので、それは忘れるまで開けないでおこうと思っていたのですが、
10年後の手紙は正直、ちょっと気になりました。
さすがにそんなのを授業中に書いていた事までは忘れていたみたいです。
一体何が書かれているんだろう……。

ひとしきり開け終わると雑談タイムになり、いろんな人に話しかけられましたが、
ほとんど当時の顔と一致せず、名前を思い出す事すらままなりませんでした。
まぁでも、結構みんないろんな道に進んでいるんだなぁと改めて思いました。
子連れすらいましたからね。同世代が子持ちとか、正直まだ考えられないです。

担任の先生とは少しだけ話をしました。
担任の先生がどういう人なのかも、実は今日まで完全に忘れていたのですが、
冒頭の挨拶で、「実は2000年当時、このクラスでコンピューターの活用というテーマで
研究授業をしていました」と暴露されたのを聞いて、
そういえばこれからはパソコンを使えるようにならないといかん、
としょっちゅう言われていたような記憶がほんのり蘇ってきました。
自分が初めてPCに対する興味を抱いたのは、小学4年の理科の授業で
先生がノートPCを使っていろんな動植物の画像を見せてくれたのと
学活の時間に画像処理ソフトを使って画像を作ってみよう、
という授業があったのと、そのどちらかだと思っていましたが、
これらはもしかすると小学5~6年時担任のこの先生の仕業かもしれません。
とするとちょっと記憶が錯綜してるな……。
きっかけは覚えているけれど、
小学5~6年にPCに触れた時の記憶が吹っ飛んでいるのかも。
そういえば、一つ上の卒業生に送るものをPCで編集していた記憶があるような。
こう考えると、今の自分のあらゆる趣味って、
もしかするとこの先生による影響が大きいのかもなぁ……。

そんな先生に、今の自分の現状を話したらかなり驚いていて、
なんでも自分の今居る大学に、先生の師匠ともいえる存在が在籍しているそうで。
師匠というとなんだか曖昧ですが、多分大学時代のゼミの教授かと思います。
名前はもう一度聞かないともう思い出せませんが、
まさかのつながりに自分でも少し驚きました。
進路が決まったら是非連絡を入れて欲しいと言われ、ちょっと前向きになれた気分。
これが今日唯一の収穫かなぁと。
クラスメイトとは、記憶が薄れすぎて戸惑いっぱなしだった感が否めないです。

解散後、雨の中濡れないように受け取ったものを抱えて帰宅。
家族の誰にも開けられないように隠した後、何事もなかったように過ごしていました。
ちなみに、手紙は10年後宛なのに11年後の今、タイムカプセルを開けたのは
去年は震災で大変だから延期しようという話が出たからみたいです。
実際、もっとみんなが中年くらいの年齢になってから
開けた方がいいんじゃないかと思うのですが、
思った以上に小学校の記憶が飛んでいるので10年くらいが妥当なのかもしれません。
でも自分個人としては、今はちょっと直視できないので
手紙を開けるのはもう9年くらい経ってからにしようかなと思っているところです。

そんなこんなで、記憶の奥底をくすぐられるような一日でした。

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