#3050

選択できない欠点


今日の出来事 自分


本来なら“独り言”形式で書くくらいネガティブな出来事が起こった日でしたが、
例によって当日以内に投稿できない病で
執筆タイミングが大幅に遅れてしまったので、普段通りの形式で書きます。
後日投稿エントリーはブログがいろんな意味で均衡化されてしまうのも
ひとつのデメリットなのかなぁと。
あるひとつの形式でなら書けるけど、
それ以外の特殊な書き方に挑戦しようという気概が皆無になってしまうというか。

そんなわけで、修論に関する今後についての動きがあった一日でした。
そもそも、先月に引き続き今月も自主休講してしまい(しかも今回は真っ当なサボり)、
このままでは修論完成は厳しいと言われていた状況でさらに一ヶ月を浪費し、
もう修論に関しては諦めたつもりで、教授に自主休講の翌日、
生活リズムに関する相談の経過報告という名目で長文のメールを送りました。
それから約一週間、返事が返ってこない。
よっぽど怒っているのかとビクビクしながら今日、
修論とは関係ない授業での用事があるという名目で研究室のドアを叩き、
それから改めて経過報告をしました。

教授には、あのメールは返信する価値がないと判断したと静かな声で言われ、
ここで初めて欠席連絡をしなかった自分の非礼を後悔しました。
冷静になった今考えてみれば、なんであの時それすらしなかったのかと思うわけですが。
ネガティブになるとその行動力すら奪うという事なのか……。

それから睡眠リズムに関するあれこれにもいろいろと相談した結果、
教授に言われたことは、病気というのはどうしようもないものだという前提で、
君が退学をする決心をしたならその署名はすぐにしてあげられるし、
退学するならもう前期中と言わずに今すぐ決めるべきだとの事で、
ちょっとでも留まる方に支持してくれるかと思っていたら、
大分思惑の外から刺されたような感じがしました。
もう来月分の発表枠を取らないで実質的にゼミから除名という事でいいよね?
みたいな事も言われました。
まぁ、さすがに半年以上微動だにしないこの状況で擁護側に回られたら、
大学院という場所はそれでも修了できてしまう甘い場所、
という解釈ができないわけでもないので、この現実は妥当だとも思うのですが、
そうなるといよいよ逃げ道がなくなってしまう事になり、
この時の自分は全く頭が働いていませんでした。
ただ、その片隅で退学後の事を少しだけ考えていたとは思います。

そんな自分を見て、教授が最後に言ったのは、
来月、発表してみて、それで退学するかどうかを決めればいい。
もし来月も同じように発表がままならないなら、それを契機にしてすぱっと辞める。
発表できた時の事は、仮定すら何も言われませんでした。

そんなこんなで、来月07月09日の発表が、大学院生活存続か、否かという、
ある意味人生の分岐点ともなり得る発表になってしまったわけですが、
教授にも半ば見透かされていたように、
今のこのままでは、自分は発表できないと思うし、
最後の発表枠を確保してもらったのは、
自分が退学の決心を踏み出すための踏み台だったんじゃないかと思っています。
話を聞いている間、教授の雰囲気がそっちを推すような感じだったし、
発表はもうしなくていい、と最初の方で言っていたのに
最後になっていきなり最後のチャンスの話を持ちかけてきたのも、
こうやって一対一で話し合っていても、
自分の優柔不断な性格ではいつまで経っても結論がでなくて面倒くさいから、
と思われたんじゃないかなと解釈しています。

このまま苦しんでろくな発表ができず学費を納め続けるのは損、それは事実。
でも、修論すらできないままリタイアして、
アパートを引き払った後、実家の甘々な生活で就活がすんなり行くかというと
2009年からの就活に対する自分の姿勢を見る限りかなり怪しいというのも事実。
なんかもうどっちに転んでもあまりいい未来が見えない気がするんですが、
これも今の自分がネガティブな故なんでしょうか。

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