#3141

孤独な迷走


今日の出来事


夏休み49日目、16時就寝02時起床。

修士論文提出までの道のりは、
大きく“構想発表会”“中間発表会”“提出(&口述試験)”の三つに分けられ、
今自分が直面している壁はそのうち二つ目の壁という事になります。
が、構想発表が一年目12月、中間発表会が二年目10月、
提出締め切りが二年目01月という間隔からすれば、
中間発表といえども、修論ゼミとしてはもう結構後ろの方という事に。

で、これまで散々書いてきた通り、
一年目ですら卒論の比ではない苦しみを経験したのに
2012年度突入後は、もはや如何ともしがたい精神的・身体的不調に悩まされ、
名実ともにこの8ヶ月間は修論に関してほぼ微動だにしていないというのが現実です。
で、中間発表に向けた月一のゼミ発表の機会の締め切りが迫るごとに
気分の悪さ、頭の思考停止具合は明らかに悪化していって、
締め切り前日なんかは昨日のエントリーみたいな事を延々考えるという始末。

去年秋くらいまでは、こういう事態を乗り切る時の最終手段として
6時間ほどベッドに倒れて思う存分ネガティブ妄想をすることで、
流石に妄想疲れで「もう課題やるしかないか」となってくれることもありましたが、
8ヶ月分のハンデがある修論に関してはもう6時間程度のごまかしは利かなくなっており
締め切りが近付くにつれて精神的窮地に追い詰められるのも恒例になってきました。
そんなほぼ一日中ベッドの上の生活の中で、
この状況から脱出するための唯一の手段は大学院を辞めることだ、
という結論に幾度となく至るのですが、結局それも実行する決断力もなく、
今では退学する事を空想するのが一種の気休めになってしまっています。

そういう意味で、構想発表終了後の12~02月は
比較的安定していたようにも思うのですが、ブログを見返す限りだと
実際には積雪でそれどころではなかったようです。
そう考えると、何かに精神的に追い詰められる感じは
大学院入学以来、もう一年以上近く続いている事になるのか……。
まさに去年の夏休み、何もできなかったのがこの地獄の始まりだったような気がするし。
それ以前にも教授にダメ出しされる事はありましたが、
あの時は今にしてみればまだどうにでもなる状況だったんだなとつくづく思います。

そんなこんなで、今日は中間発表会前の事前準備の2ステップ目である
ゼミ発表の日でしたが、11時には早々にお手上げメールを教授に送りました。
ただ単純に“パス”はもう通用しないと分かっていたので、
発表できない代わりに、先週の事前相談と同じ形を取る事にして、
せめてものやっつけ作業で作ったレジュメ1枚を持っていくという事で承諾を貰い、
あとはまぁ、嘘を付くわけにはいかないので流石に身体を騙して課題着手はできました。
20分ほどやっては倍くらいの休憩時間を取るという酷いものでしたけどね……。

メールには「中間発表は諦めたいと考えています」
という一文を添え、これを送った時点で自分の中では
留年もしくは退学は覚悟していました。結局、07月発表の苦労は報わたとは思えず、
今のこの状況はそれ以前の鬱状態に戻ってきているという強い実感もあり、
それが病気と意欲低下のせいだという事が昨日ほぼ明白になったので、
もう半ば諦める気持ちでした。
教授との相談の中では、前期末に同じような状況で長文メールを送ったとき、
かなりハッキリと「君はもうダメだ」というような事を言ってきたので、
今回もそういう感じで引導を渡してくれるものと期待していました。
が、結果的には言われた事は先週とほぼ変わりませんでした。
一言で言えば、「もうとにかく中間発表に向けて頑張るしかない」。

教授はどうやら、この窮地を地力で乗り越えなければ、
後人生で結局同じような壁にぶち当たってしまうだろうから
今は諸々の苦しみをなんとか乗り越えなければならない場面なんだ、
という事を言いたいみたいで、
病気なんじゃしょうがないねという話には寄って行かず、
結局自分の中では妙に腑に落ちないまま、研究内容の話に入って行ってしまいました。
ただ、さすがに今回は一応諦める時の話も若干ありました。
少なくとも、修了年度が今年になるか、留年して来年になるかの分岐点が
次回のゼミ発表である10月初週という事になりそう。

むろん、教授の言いたい事は分かっているつもりです。
つまり、ここでリタイアしたところで、この怠惰心を克服しないまま
果たして社会参加できるのかというと、
まず間違いなくできないであろう事は自分でもよく分かっているし、
今、退学を選択するという事は、そういう意味で八方塞がりになるのは明らかで、
自分の今の諦めたい症候群は「親の臑をかじって生きていきたいです」
と甘えている事とほとんど同義といっても過言ではないと思うんですよね。
でも、今の自分にとってはそういう情けない道を選択するのも
やむを得ないと思うほど精神的に窮していて、
もう訳が分からなくなっているというのは自覚していて、
だからこそ教授に引導を渡して欲しかったというのは少し思っています。

まぁでも、もうこんな年齢まで来たら自分でなんとかするしかないんだろうなぁと。
なんとかできないから困っているわけですが。
年を取る事は淋しくなっていく事なんじゃないかと思う今日この頃です。

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