#3211

折れ曲がった蝋燭


今日の出来事


02時就寝12時半起床。

予定されているゼミ発表の日の前日、やっぱり今日も空振りに終わりました。
もうあと一度でも躓いてしまえば後がない、
12月突入の時点である程度土壌が整っていなければ書ききる事は不可能と言われている
修論提出まで3ヶ月を切った今、ここまで清々しくだらけ生活を送っている自分は、
やはり研究者の器ではないなとつくづく思います。

夕方頃は、この発表前日の想いをブログでぶちまけようと思っていましたが、
過去に書いたエントリー(参照:#2713「何かを失った話」2011年07月25日
#3004「続・何かを失った話」2012年05月07日)を読んでみたところ、
どうやら今の自分が書こうとしている事は概ねこの2本に書かれてしまっているので、
とりあえず今日は“独り言”を書くのは止めにしました。

ただ、去年07月時点では一応まだ諦めていなかったある資格の取得は
今現在は完全に諦めているのと、
あと今年05月時点では鬱病の症状なんじゃないかと思っていた吐き気と眠気は
単なるストレスのせいだということが分かったので、それを踏まえて言うならば、
今はそれまでと違って、とことんまで開き直っているという面があると思っています。
去年以前までの課題締め切り寸前の自分が課題にどうしても着手できない時、
時間に身を切られるような思いで適当な暇つぶしをしていたことがあり、
それがついに吐き気に変わったのが今年初頭の事でした。
その諸原因がどうやら修論と生活リズムにあるらしいことを知った今は、
「人はやりたくない事はやらないのが自然だろう」
と、何を悟ったつもりなのか、
とりあえず徹底してやりたくない事はやらない主義に転換しつつあります。

一応、締め切り前日である今日何もせずに終わった今でも、
中間発表要項から使えそうな部分を抜き出すという作業くらいならできるはずなので、
一応それを持って教授の研究室のドアを叩くつもりでいます。
先日の話では、到底これでは完成に至らないというのは明白。
こんなので認められるわけがないというのは自分自身が一番よく分かっています。
それでも、今の自分にそれ以上の成果が出せるはずがないというのも分かっていて、
もうこれで修了できるなら修了要件がその程度で、
これでダメと言われたら自分には大学院を出る資格はなかったんだ、
ということで諦めるというつもりでいます。
少なくとも、自分の意欲を度外視して教授の期待に応えるのはもう無理だろうと。

こういう状況に陥る度に、自分は2006年当時の自分が正直な気持ちから背を向けて
二番目の候補だったこの専攻を選んだ事を恨んできました。
しかし、よくよく考えてみれば「一番目」がまだおぼろげだったのも事実で、
そもそも分野自体もっと好きなものを選べていたとしても、
課題が修論レベルになったら結局今のようになっていたのではないかとも思っています。

このことを明日、教授に今後の方針や胸の内を訊かれた時に答えるべきか、
今は課題よりもそちらの方に関心があったりします。
論文指導者たるゼミの教授にそんなことをぶちまけたりするのも
内心どうかと思っていたりはするのですが、
もうすでに退学がどうこうという相談は今年数回しているので、抵抗はないです。
ただ気にかかるのは、提出3ヶ月前というこのタイミングの悪さですかね。
例の吐き気がピークだった頃にも相談したりして、
結局中間発表会は乗り切って「この調子ならいけるから修論書き上げる方向でいこう」
ということで自分と教授との間で合意があったはずなんですが、
それから2ヶ月間、何も言われなかったらもうこの始末。
要するに自制がないという話なんですよね……。
このままじゃよくないというのは十分に分かっているつもりなんですが、
どうしても自分にとって、踏ん張りどころが修論提出であるとは思えないというか。
とまぁ、いろいろともやもや考えていますがひとまずは明日が修羅場となりそうです。

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