#3254

後悔のかたまり


今日の出来事


午前中に大学へ行き、25時半まで修論の追い込み作業をした一日でした。
提出日は明日の正午ですが、ここに来て未だ完成には至らず。
流石に字数は足りていて、提出不可能というわけではないんですが……
なんというか、「これでいいのか」という気持ちは始終感じています。

修論としてごく最小限のクオリティのものしか作る事ができない、という事実は、
言ってみれば自分の力量不足であり、意欲不足であり、
つまりは去年秋以降の怠惰が生み出したどうしようもない制約なんだろうなと。
もっと言えば、それはもうこの研究科を選んだ時からの必然だったのかもしれません。
自分の意欲に対して正直になれないという悩み、
それによって損してきたという気持ちは修論に対してもずっと抱き続けてきました。

でも、だからといってこの土壇場で責任放棄することも到底できず、
結局目の前の課題をやるしかない、という状況の中で、
嫌な言い方をすれば、自分は被害者面でここまで修論を書いてきました。
そして、今日そのピークを迎えるに当たって今までとは真逆の事を
ぼんやり思い始めています。
つまり、「もっと目の前の修論を真面目にやっておけばよかった」
「もっと充実した修論を書きたかった」という後悔の念です。
むろん、そんな事を言う資格は今の自分にはありません。
ただ、振り返ってみれば今までの自分がやっていたのは
なんだかそれっぽい言い訳をふりかざしてはいたものの
結局は責任放棄の連続だったんじゃないかと、改めて思います。
少なくともそういう風に解釈できるような事しか今までやってこなかったな、と。

だから、きっと修論の出来が自分で納得できず、
こんなのを世に出す事になってしまうのかという不安を抱えるのは当然の話で、
それに後悔するのもきっと当たり前なんだろうなと。
論文に“自分らしさ”を詰め込むといったような事さえする余裕もなく、
そういう意味では最後の最後まで自主性のない二年間だったなとつくづく思います。

今、こうしてなんとか字数が足りていて若干の修正作業を残すのみとなったのは、
苦肉の策で字数稼ぎをしたからに他ならず、
それがなかったら自分は今頃確実に修論提出には間に合わないんじゃないかというくらい
かなり水増しをしてしまっています。
今更自分からこれをどうにかするというような事は到底できないんですが、
この水増しされた本文を眺めてみて、
なんで自分は秋からこれを書いてこなかったんだという事は強く思いました。
別に修論に自分らしさを出す余裕は最後までなかったとしても、
これは流石に修論としての最低線を超えてしまっているだろうと……。
まぁ、審査するのは教授陣なので自分が判定することではないですが、
これが二年分の足跡だと胸を張って言えるものではないなと思います。
それでも、卒論よりは幾分かマシだとは思いますけどね。
卒論は完全に放任主義の中適当に出したものが通ってしまったという感じですが、
今回は曲がりなりにも教授に助けられながらやっとこすっとこ書いている、
という実感だけはあります。

と、いろいろと自分にとっての修論について考えていたり、
明日のギリギリのスケジュールについて考えながら真夜中の雪道を歩いていました。
実はこれも歩き出してしばらくして凄く後悔しました。
明日はもう10時に完成しなければならないため早朝の勝負ということになり、
最低でも08時台には大学へ行かなければならないという状況なのに
わずか5時間の睡眠時間を確保するために往復2時間取られるのは
割に合わないんじゃないかなと……。
最終的に安眠できたので結果オーライという感じに終わりましたが、
どうせ自分の他に一人しかいなかったんだし院生研究室で寝れば良かったのに、
と今更ながらに思っています。

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