#3553

計画仕分けの必要性


今日の出来事 自分


なんでもジリ貧になっていくのを眺めているだけというのは
気分の良いものではないわけで。
繰り返すうちになんとかしたいと思うのがヒトの本能なんじゃないかなと。

2008年辺りから本格化した今の自分の“計画ありき”の生活スタイルは、
大雑把に言えばその起点である2008年をピークにゆるやかな下り坂を辿っています。
やりたいこと、やるべきことをある一点にのみ集中した状態で、
翌休日を迎えたときは比較的集中できることが多いだとか、
あるいは作業リストを綿密に出しておけば、
翌日どんなに調子が悪くても最低ひとつはクリアできる傾向にあるだとか、
そういったいろんな法則性を元になんとなく改善してきたつもりでした。
が、どうもジリ貧下り坂の傾向は変わっていないように思います。

結局、趣味系作業にしろそれ以外の作業にしろ、
意欲がなければどうしようもなく、それがある人とない人の目つきの違いというのは
大学院時代に嫌と言うほど見せつけられてきました。
また、今自分が「趣味」と呼んでいるものについて、
それが定義の曖昧なことを
こないだ友人と話しているときになんとなく気付かされました。

自分は昔から片付け下手で、なんでも取っておきたがる習慣があったかもしれない。
それが情報発信活動にもどうも影響をもたらしているらしい、
というのも割とここ数年薄々と感じてきたことです。
結局、計画ありきの生活は「どの趣味もまだ存続しているぞ!」
ということを自分が再確認するところで満足してしまっていて、
その先に行くことを恐れているんじゃないか?
……というのが、最近の自分の有言不実行率を見て感じる主観的な感想です。

現実と理想の食い違い、という話にしてしまうとまたややこしくなってしまいますが、
平たく言えばそういうことなんじゃないかと思います。
今年、曲がりなりにも仕事をするようになって
いよいよ趣味と呼んできたものに回す時間や心的余裕がなくなったことで、
仕方なく切り捨ててきた習慣もちらほらとありますが、
そうやって情報発信の量をあえて減らすことこそが、
もしかすると今の自分にもっとも必要なことなのかもなぁと思ったり思わなかったり。
なんとかしてちゃんと自分自身が納得いく方法で、
的確に要らないものを見極めていくにはどうしたらいいんでしょうかね?

というかもしかして計画ありきの生活そのものも、
今見直しの時期に来ているのかもなぁ……。
大学時代は休日計画そのものが楽しかったという実感もありましたが、
今はなんというか、休日計画も日々借金を増やしている感覚に近いです。
惰性と言われてしまえばそれまでなんだろうなぁ。
この状況の最善の手を誰か教えてください、いやホント。

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