#3784

受け入れられない歌声


ゲームのプレイ日記 文化


最近は平日退勤時にIIDXを1クレだけ、が定着しつつあり、
実家生活再開以来長らく低空飛行が続いている音ゲーブーム。
ポップンはAC22作目『ポップンミュージック ラピストリア』の世界観が
あまりにも自分の好みと合わないということ、前作一年間でまったく成長していなかったことから
最新作稼働をきっかけに一旦は卒業しようという決心が付きましたが、
IIDXだけは根が深いため、未だに九段合格or☆12クリアを諦めずに
日々ブランク脱出を目指して中難度をプレイしています。
先日などは久々にquasar(SPA)で中盤発狂以外をほぼ見切ってBP80に抑えるなど
大分感覚が戻ってきたかな、と思っていた最中に大きなニュースが飛び込んできました。

某キャラクターの誕生祭を記念して、IIDXを含むBEMANIのあらゆる機種に新規曲追加。
それを聞いたときはキャラクターの名前も始めて知ったのでなんとも思いませんでしたが、
どうもそれがいわゆるボーカロイドのキャラクターであることを知ると、
なんともいえないモヤモヤを抱えることになりました。

自分がどちらかといえばアンチボカロの立場を取っているということと、
その愚痴内容については以前も書いたので詳しくはそちらで
(参照:#3185『壁の向こうの歌声』2012年11月02日)。
簡単にまとめれば、本来は音楽ありきの音楽文化であるべきはずなのに、
それに付随するだけの存在であるはずのキャラクターが文化として一人歩きしており、
ファンの言動やクリエイターサイドのPR方法を見るに、
キャラクターしか見ていない取り巻きが明らかに一定数いるのが気にくわない、
といったところでしょうか。
同じような理屈で一時期アイドルソングが好きだという友人を
ひたすら脳内批判していた時期がありました。
要するに付加価値を音楽性よりも全面に打ち出す商業音楽はまともな音楽文化ではないだろう、
というのが一昨年秋時点の自分の考え方です。
これらのアンチであるという点では今もあまり変わっていません。

ただ、音楽にはそもそもライナーノーツ、アルバムジャケット、タイトルといった形で
どんなものにも“付加価値”は存在するわけで、
商業音楽が今の買い手に合わせて付加価値を変化させるのは経済活動の上で不可欠であり、
今のようなあざとい売り方をする音楽文化の在り方というのは、
趣味の多様性が進んでいる今、音楽業界が生き残るために致し方が無いんじゃないか、
というような感じで、イマドキの音楽文化をばっさり切り捨てることはなくなりました。
そもそも自分自身も未だにキャラソンとか聴いているわけで、
もともと批判する権利は無かったわけですが。

ただ、そんな風にトゲトゲしくボカロ文化に触れようとするのは止めようと、
そろそろ受け入れる準備が出来てきたかもしれない……と思ったところでこのニュース。
まさかこんな風に押しつけがましく向こうからやってくると思っていなかったので、
今はまた二年前のようなモヤモヤがぶり返してしまっています。
アレをプレイしなかったら新曲フォルダランプは諦めないといけないという現実。
ランプのためにボカロを受け入れるか、アンチを貫くためにランプを諦めるか……。
自分にとっては、この状況はそういう風に要約されてしまうわけで。

惰性でやっているだろうと言われて否定できない状況であるというのも
この状況をさらに複雑にしています。
こんな風に新曲が自分にとって受け入れられないものばかりになってしまうのなら、
いっそ辞めてしまうのが現実的に見て一番賢明な判断だろうなぁ、
というのはなんとなく感じているのですが、
果たして嫌いなボカロ文化をきっかけに四年続けてきた音ゲーを卒業していいものかどうか。

……音ゲー文化オリジナルの音楽なら電波ソングだろうとネタ曲だろうと受け入れられるのに、
何故ここでよりにもよってIIDXにボカロを入れてしまうのか……。
まぁ、結局はそこに需要があるんだと制作側が判断したからなんでしょうが。
音ゲーのメイン層はすでにボカロも受け入れて当然という層がメインなのかもしれない。
自分のような中途半端層はそろそろ淘汰されるべきなのかもしれませんね……。

眠い頭で酷いことをさっきから書き連ねていますがそろそろ終わりにします。
こんなことTwitterには書けないよなぁ……。

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