#3985

振り返った思い出 2014


独り言 自分

どんな一年も過ぎ去ってしまえば平等に一年間なのに、
年の瀬になると、頭のどこかで去年と違う時間の流れを探そうとしている。
2014年がどんな年だったのか、を解釈しようと努力している頭の中には、
無意識に「去年と同じであって欲しくない」という願いが存在する。
だから、振り返った思い出はそればかりが一年の真実を語っているわけではない。
その年のカラーを決めたところで、本当の色を塗りつぶしてしまっている可能性はある。
それでも僕は振り返ることを止めたくないと思っている。
なぜなら、一年をこの形で具体化しておかないと、不安で仕方なくなってしまうからだ。
もしかすると僕は、不安から逃げるためだけに物を書いているのかもしれない。
客観的な事実なんて、実はそんなに重視していないのかもしれない。

*  *  *

激動の一年だったと思う。
八年ぶりのテトリスをきっかけに年初から春まではゲーム界隈が盛り上がり、
初週プレイ時間最高記録更新、世界記録更新、数年ぶりの動画企画の完走と、
モラトリアムであることを言い訳に、かつてないほど娯楽に全力を出した。
03月には去年得た貯金を切り崩して七年ぶりにPCを買い替え、
スペック不足のしがらみから一気に解放される爽快感を味わった。
退社後の自由時間というアドバンテージを、
年初の自分はそれなりに活かせたようには思う。

歯車が狂い始めたのは、春の就活をきっかけに通うことになった会社に入り、
試用期間が切れて三ヶ月ほど経った頃からだった。
厳しい納期スケジュールでなんとかやってきた状況の中、
自分の先輩に当たる社員が突然退社し、その分の負荷がすべて自分に覆い被さってきた。
一人減った分の負担は到底背負いきれるものではなかった。
あふれた分のミスが目に見えるようになり、
周りからの信用を失っていくのが手に取るように分かった。
一旦は辞めることを決意するも、
人事担当に相談したことをきっかけに自分の弱さが周りに伝わったらしく、
11月以降は、仕事は厳しいながらも周りからの目は徐々に改善されていった。
自分の適性を見極めてくれるようになり、不得意なことをやらされることもなくなった。
おかげで秋以降は、残業こそ多いが、会社ではそれなりに溶け込めているのではないか、
と考えられるようにもなってはきている。
一度沈みかけたとはいえ、
11月からは自分にしては意外なくらい良く立ち回れたと思う。
しかしその脇では常に、置いてきぼりにされる趣味の存在があった。
今でもそちらを振り返ると、ふとがむしゃらに働くことが本当に正しいのか、
ということを考えてしまう。

今年の下半期は、帰宅後の自由時間が壊滅的だったことはもう認めざるを得ない。
十年目の節目だったブログ移転計画は膨大な作業時間の末にごく最小限の実現に留まり、
その後デザインを試行錯誤するどころか、十周年企画すら不発に終わっている。
それ以降はやはりというか一日一本投稿の壁を超えられず、
ブログ運営としては十年目の節目にして氷河期のような一年だった。
趣味を維持できなくなる最低線を突破したらどうなるか、
ということを身を持って知った。
ゲームは去年までなら必ずやり込んでいたようなタイトルの新作でも、
内容よりも時間コストを先に見るようになってしまい、次々に積んでいくようになった。
今年の後半期だけで自分の心の中では既にゲームと決別する準備が出来てしまっている。
働き続けることを止める動機は、もうゲームという趣味だけでは不十分であるらしい。

ゲームという趣味は当然一生続くものなのだと、学生時代の頃は思っていた。
それが今年一年で過去最高と過去最低を一気に味わったことで、
自分の中にあるゲームという立ち位置が突然揺らぎ始めた。
社会人がゲームという時間的効率の悪い娯楽を続けていくことの難しさを知り、
何よりも、既に学生とは同じ土俵で勝負できないことを知った。

年相応と言ってしまえばそうなのかもしれない。
年を経るごとに、ゲームで得られる達成感になかなか満足できなくなっていくのは感じていたし、
それを乗り越える為に必要なコストも随分と嵩張っていた。
そういう意味では、昔から随分と足下の覚束ない趣味だったと思う。
昔の自分にはゲームしかなかったから、そんなことを考える余裕などなかったんだろう。

それでも来年以降もまたいつか、ゲームに没頭できる日は来ると信じている。
二十年以上続けてきたことが、
たった半年間の束縛を機にスッパリと切れてしまうとは思いがたい。
しかし、合理的に過ごしていくために、
これから敢えて距離を取る必要は出てくると思う。
今年はゲームという趣味の過去最高と過去最低を一度に体験したという面では、
本当に激動の一年だった。

今の僕は、寄る辺なく海を漂う泥船のような存在であると思う。
今までにない感覚の毎日を過ごすことの新鮮味よりも、
趣味の一片を港に置いてきてしまったことへの不安の方が大きい。
代わりに何か縋るものはないかと辺りを見回しては挙動不審になっている。
漕ぎ出すことが今年の目標ではあったけれど、準備不足だったことは否めない。
見慣れた港に戻るにせよ、見知らぬ陸地を目指すにせよ、力が要るのは確かだ。
来年はまず、周りを見渡すところから始まるんだろう。

0

コメントを残す