#4026

必要とされた証


空想 自分

寝る前にふと、「あれって何だったっけ」と
どうでもいいことについて調べ物をしたくなって眠れないということが良くあります。
スマホ時代以降は、基本的にいつでもどこでもネットと繋がることができるので
気になってしょうがなくなるというようなストレスを抱え込むことは無くなりましたが、
それでも検索しようがない事などを思い浮かんでしまうと、
また昔みたいにそれが気になって眠れなくなってしまうということがたまにあります。
昨晩もそれでした。

ちょうど三年前の今頃、
大学院一年の講義に「好きな言葉」をテーマに文章を書けという課題がありました。
文章形式は自由、どんな言葉をテーマとするかも自由。
成果物は匿名で受講者全員に配られ、その良かった点を褒め合うというものでした。
周りのみんなは実体験に基づいたノンフィクションの文章だったのに
自分だけフィクションな人物に自分の考えを語らせる形式で、
調子に乗ってしまったと後悔すた一方、講義終了後にベタ褒めされて舞い上がった記憶があります。

そんな風に2012年の印象的な出来事として残っている講義レポートですが、
ふとそのレポート自体が行方不明になっていることに気付きました。
大学~大学院時代のレポートはその時期によって保存場所がまったく異なっており、
六年分のレポートを整理したことは未だになかったりします。
手元に無いということが分かった途端、久々に読み返したくなってたまらなくなり、
ベッドに持ち込んだiPadからPCへリモート接続してHDD内を探しまくっていました。
2012年以降の大学関係のメモ集積場はDropboxと敢えて同期しないディレクトリに
一応まとめてあるのですが、何故か目的のレポートだけ無く、
間違って同期してしまったのかとDropbox内を探し回るもやはりない。
大学時代はUSBにレポートを入れて持ち運ぶことが多かったので
接続中のUSBやUSBの中身のバックアップを探ってみたのですが、これも無し。

結局、まるごとバックアップとして二世代前に残してあったデータのうち、
Dropbox直下に配置した“一時メモ置き場”という名前のフォルダの中に
日付のみのファイル名として残されていました。
無事に見つかったので本文だけEvernoteに引き上げて取っておくことにしました。
三年経って改めて本文を読んでみると、
最初にざっと読んだときは、なんだ今の自分でも突発で創作を形にするくらいの力はあるんだ、
と嬉しくなったりもしたのですが、
繰り返し読むとどうしてもボロが出るというか、文章のつたなさが浮き彫りになってきて
「これを公開したのはやっぱりマズかったな」という気持ちにもなります。

まぁでもこのレポートは、書くことを求められれば、
普段はキリ番記事といった節目じゃないと書けないようなテーマでも
意外と思い切って書けるものだということを証明するものとしては
他に例がない貴重な財産だとは思っています。ブログ黎明期の詩作なんかもきっと同じような感じで
他人に書いて欲しいと思われていると思い込んでいたからこそ
ああいう風に惜しげも無く恥をさらすことができたんじゃないかなぁと。

いつかこのレポートはリメイクしてブログ記事として公開するのもアリかも、
と一瞬思いましたが、実現するとしてもそれはまだまだ先の話になると思います。

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