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観客の数


ゲームのプレイ日記 自分

今まで自分はどちらかというと、ゲーマーとしては割とマイナー志向な方だと思ってきました。
誰もがやっているようなメジャーなタイトルを耳にすると、
なんとなく「誰かがやっているからやってみよう」という動機で手を付けるような気がして、
それは自分らしくないだろうというところに行き着くんですよね。
逆にいわゆるマイナーな、最近で言うとiOSゲームで基本無料ではない、
売りきりのインディーズゲームを漁ってきてそれが当たりだったりすると凄く落ち着きます。
世界で自分が一番やり込んでいるかもしれない、というような錯覚を起こしている感じがします。
実際にそこまでやり込んだことは、過去1,200本の購入遍歴でもごくごくまれなのですが、
皆無というわけでもなく、そのごくわずかの過去の成功体験に、
マイナーどころに手を突っ込むときの自分を勝手に重ねて気持ちよくなっている節は否めません。

要するに自分は母数が何であろうが一番になりたいという気持ちが結構強くて、
メジャータイトルはそれだけで一番になれる可能性が薄いので敬遠しがちなんじゃないか、と。
インターネットランキングが今ほど身近ではなかったニンテンドーDS全盛期の頃の自分は
特にこの気持ちが強かったんじゃないかと思います。

ところが、最近の購入遍歴をよくよく振り返ってみると、
なんだかんだでメジャーどころばかりに手を突っ込んでいて、そこまでマイナーなタイトルは
皆無とは言わないまでも激減していることに気が付きます。
なんというか、なんだかんだで最近のゲームは“自分のプレイを見て貰う相手”
という存在が必要以上に重くのしかかっている気はするんですよね。
昔の自分もハイスコアなどのために頑張っていたのは競い相手がいたからこそだとも言え、
それはつまるところ自己顕示欲のためにやっていたということも言えるわけで、
それ自体は特に否定のしようが無いし、
仮にゲームプレイ動画文化が無くなってしまったらやる気を無くすタイトルは自分にもあります。
ただここ数年でその部分を直接刺激するようなタイトルが多くなってきたのは確かで、
パズドラなどのモバイルオンラインゲーム然り、ソーシャルゲーム界隈も然り、
そもそも他者がいないと成り立たないようなものさえあります。
あまりにも他プレイヤーと気軽に繋がりすぎるという現実は、確かにあるように思うんですよね。

結局のところ、マイナー志向を自称する自分も、
周りの大多数がそういったフレンドありきのゲームにハマって他に見向きをしないとなれば
マイナーゲームをやることがステータスになることはなくなるわけで、
ただただ疎外感に苛まれるだけなんですよね。
特にTwitter以降はメジャータイトルをやることで
同じものを購入したフォロワーさんとタイムライン上で繋がれる割合が高くなるため、
TwitterのようなSNSがよりメジャー志向を強める原因になっている可能性も否めません。
この辺を突き詰めるとなんのためにゲームやってるのか、というところに行き着く気がするので
なんらかのタイトルにハマっている間はあまり考えるべきではないのかもしれませんが、
逆にどんなタイトルも鳴かず飛ばずの昨今、
本当にハマれない原因は実のところ“観客の数”なのかもしれません。

他人に見て貰えることが原動力になることは否定しようが無いし、それはそれで結構なことですが、
それを除いたら何も残らないような状況でゲームをするのは虚しいことなのかもな、
と思ったりする今日この頃です。

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