#4189

世界の中心で祈る


空想 自分

毎年恒例、初夏を感じさせるイベントといえば七夕。
個人的には七夕は雨の特異日というイメージが非常に強いのですが、今日は普通に晴れでした。

短冊代わりにブログの片隅に願い事を書くようになって大分経っていて、
結構毎年似たような抽象的なことを願って終わりになるのが恒例になっていますが、
今年も同じ感じです。今年、願うとしたらこの一言を選びたいと思います。

……人との出会いに恵まれますように。

心身健康は実家暮らし回帰で大分改善してきている一方で時間不足に悩まされている今日この頃。
しかしその時間不足の問題も結局、目前のものを楽しもうとしない心が原因だったりして、
見て見ぬ振りをしている自由時間は結構多いと思うんです。
でも結局、その原因が自分自身の意欲不足であることから目を逸らしてしまうことが多いという。
諸々の趣味が今、衰退しているのは仕事のせいではなく、
やっぱりというか長らく途絶えている、活動に対する“良い反応”がないのが大きいのかなと。

要するに自己満足だけを燃料に動くのはそろそろ限界が来ているのではないかと思うんです。
自己満足だけでも、当然ある程度までは物事を楽しむことができる、
けれど、おそらくその範囲ではもう心が満足しない年齢になってきているんじゃないか、
と思うことが最近あって、その手っ取り早い解決策は友人関係にあると思っています。
それも、飲み会で恋愛経験ゼロ自慢を繰り返すような他人ではなくて、
もっともっと自分の承認欲求を満たしてくれる、嫌な言い方をすれば自分に都合の良い存在。
必ずしもそれが異性とは限らないので、これは恋愛成就とイコールではないですが、
もちろんそれを含んだ意味で書いています。

年初の飲み会で言い放った「今の仕事を辞める」という目標(?)は、
要は自己満足を上手く消化するために膨大な時間を手にしたいという気持ちから来た衝動ですが、
今となっては、膨大な長期休暇を手にしたところで
それ以外が何も変わらないのであれば、既存のものが少し発展するだけで
根本的には今までとなんら変わらない生活にしかならないんじゃないかという懸念さえあります。
今もまさに辞めたいと深刻に考えていますが、退社後の不安は社内事情とは別の世界なわけで。
結局膨大な時間を手にして趣味方面で何か大きなことを達成できたとしても、
それを見てくれる人がいなければ嬉しさはすぐに萎んでしまうだろうし、
今はどの方面もそうなりかねない状況だからこそ、
退社の決心も含めて最初の一歩を踏み出しにくい状況にあるのではないかと。

だから願いがひとつ叶うとしたら、その穴を埋めてくれるような人と出会いたい。
昔は恋愛成就も運ではなく個人の努力でどうにかするものだと思っていましたが、
最近は一周回って、「結局人の出会いも運でしかないんだ」と思うようになってきています。
それだけ人の出会いが思い通りにならないことに参っているのかもしれません。
散々悩んできた行動力の問題も、この辺が解決すれば良い方向に向かうような気がします。
他人に頼られれば意外とすぐにエンジンをかけられる上に、
実力以上のことができたりするというのはここ一年の仕事場で学んできたことですが、
それが趣味の面でも発揮できたらどんなに良いことだろうと思うわけです。
しつこいほど書いていますが、それが上手く作用したのが自分にとっては
初代特設サイトの『おいでよどうぶつの森』を初めとする2005~2007年のネット活動でした。
Twitterも調子が良い時期はこの範疇に含まれる……のかな?

他人に認められるために必要なのは絶え間ない努力だということは良く知っているけれど、
それでも他人に認められることを祈らずにはいられない、そんな少し憂鬱な今日この頃です。

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