#4245

いつか辿り着く


独り言 自分

いま、目の前には一本の線路がある。それはふらふらと曖昧な曲線を描きながら遠くへ伸び、
目で追うごとにそれは分岐して、やがて地平線を覆うように何十もの線路へと繋がっていく。
たまに二本の線が重なったかと思うとすぐに離れ、すぐに別の線路と合流していく。
合流しそうで合流しない、もどかしい距離を保ちながら併走する線路もある。

僕は視線を足下へ落とした。視界いっぱいに広がっていた線路の大元は、
実は足下のたった一本から伸びていることに気付く。
目の前の分岐点の前に立つと、いつも曖昧な選択を迫られるのが嫌だった。
だから、一本だけの線路の上を歩くことは気持ちが良い。
いつしか僕は、それが永遠に一本の道で出来ているかのように錯覚するようになっていた。
もう右に行くことしか選ばない、と決めてしまえば曖昧な選択に苦しめられることはない。
変化を避けることは退屈であることは分かっている。
しかしその代償を支払ってでも、見慣れた道を歩き続けることの安堵から離れたくはなかった。

自主性の伴わない人生はあみだくじのようだと思っている。
しかし、必然だと信じて疑わない僕のこれまでの歴史も、後ろを立ち返ってみれば、
本意ではない遠回りとも言える線路を長く渡ってきたようにも見える。
あまつさえ、環状線をぐるぐると走り回った跡さえある。
あれは時間の無駄だった、と悔やむことがそもそも時間の無駄なのだと、
いつまで経っても気付くことができなかった。
後悔に身を任せて顔を伏せるという選択が、退屈でも気持ちの良いものだったからだろう。

いつの間にか、自分の本意であったはずの線路は遙か彼方で蜘蛛の糸のようになっていた。
産声をあげた瞬間から今現在の場所までと、
本意であるはずの場所から産声をあげた場所までの距離は常に等しいはずだ。
しかし理想と現実は歳を重ねるほどに乖離していって、
これからも取り止めもなく遠くへ行ってしまうかのように思えた。
「あのとき、選択を誤らなければあっちに行けたはずなのに」という後悔が、
次の分岐点が見えてくるたびに頭をもたげてくる。
そんなことをもう思春期後期から何年も思い続けていると、
次第に理想の線路は見えなくなっていき、代わりに次のような疑問が僕の中で生まれた。
――「あれは、本当に理想の道だったのだろうか?」

子どもの頃の空想が、人生においてひとつの指針であることは間違いない。
しかしそれが、是非達成しなければならない目標なのかと言われると甚だ疑問だ。
空想は所詮空想であって、現実の方がよっぽど緻密にできている。
空想に合致する現実の何かを見出せれば、それに一目散に走っていくこともできるだろうが、
それを見出せなかった場合は、空想は空想でしかない、という事実を飲み込むしかない。
「あのとき、選択を誤らなければあっちに行けたはずなのに」という後悔は、
自分自身の立ち位置に不満を覚えているからこそ考えてしまう妄想の一種なのだろう。

何かが積み重なってここに至っている、という意識が強いことは、
そこに踏み留まるエネルギーになりうる一方で、道を逸れることに大きな決断力を必要とする。
このブログは僕にとってまさに巨大な塔であり、
積み重なった数字や文字を眺めていると、あたかも今現在の僕はその頂上にいるものだと錯覚する。
だからこそ、蓄積が大きくなればなるほど、そこから飛び降りるのは至難の業である。
――そんな風に考えるようになったのは開設何年目からだっただろうか。
山の頂上にいるという意識が、変化を避け、他人を避け、新しい文化を避け続け、
そのおかげでかつて日記は二日で投げ出したような自分が、日々淡々と11年間、
こうしてブログを書き続けている。
それは線路に例えていうなら、他の線路とまったく合流しない一本の道を
ひたすら歩み続けてきたことに等しい。積み上げ続けるということはひどく孤独なものだった。

山の頂上にいる限り、次の目標を設定することはできない。
目標がなければ選択することもできず、選択できなければ永遠に退屈な時間が過ぎ去っていく。
12年目になるこれからの一年間は、
まず山の頂上にいるという錯覚が本当に錯覚であることを納得した上で、
何某かの小さな「駅」を見定めてみることがひとつの目標であると言えるのかもしれない。

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