#4319

浅瀬の浮浪者


文化

以前の自分は、例えばあるコミュニティで上手く立ち回れないのは
自分の経験値が絶対的に足りないからだとか、日課を消化できないのは自分の怠慢のせいだとか、
とにかく何かと「正体不明の怠惰精神」のせいにしてきた節があります。
それはそれで正解と言えるような場面も少なからずあっただろうし、
学生時代の失敗の多くは経験不足によるものだったというのはひとつの事実です。

が、ここ数年、あるコミュニティで自分のポジションが不明確になるのは、
単純に自分がそのコミュニティで足場を失っても代わりになるものがあるからだ、
と考え方が変化してきているように思います。
最近会社で頑張れないのはそれ以上に意欲的に取り組めるものが帰宅後に待っているからとか、
ブログの更新が断続的になってしまうのはTwitterがあるからだとか、
高校時代のクラスメイトとの飲み会に消極的になっているのは
現実世界の人間関係よりも重視したいネットコミュニティがあるからだとか。

震災以前の自分が表面上はブログ投稿をほとんど途切らせることなく継続し、
いろんなことを文面上で試す気概があったのも
アウトプット手段がそれしかないと思い込んでいたからなのではないかと。
たぶん形を変えて何度も言及していることだと思いますが、
要するに何かが継続できずに停滞してしまっているのは、
他に並行でできることが多すぎて、しかもそれを中途半端に捨てられないことが原因であることが
とても多いように思うんですよね。
積みがちになって久しいiOSゲームも、供給過多であることが
新作やセール作品を追わなくなってしまったことと無関係ではないと思っています。

ゲームでコミュニティでいわゆるにわか勢がすぐに去っていきやすいのも
それと同じような理由だと思っています。
上位者やベテラン、あるいはそこに下手の横好きでも長くやっている人にとっては、
実績を築き上げた分そのコミュニティに上手く収まりやすいという理由もあるのでしょうが、
他にレベルの実績がないから逃げ場が無い、という事実も大きいのではないかと思います。
最近知ったばかりのにわか勢にとっても、それしか知らなかったらそこに居着くしかないけれど、
本当の上位者との温度差はどうしても出てくるしそれによって摩擦も発生してしまいがちです。
そんな状況で代わりのコミュニティが出来てしまえば、
その人にとっては代わりのコミュニティの方が魅力的に見えるのは当然の話なわけで。
古くは『メテオス』の時代からもうずっと、コミュティでは活発に発言して
いかにもそのコミュニティで一定のポジションに就きたいという意欲は見られるけれど、
肝心のゲームの腕がちっとも上がらず、いつしか「今はあっちのゲームにハマっている」
と発言しだしたかと思うといつの間にかいなくなっているということは
もう何度も見てきたので、一定のジャンルに限らずどこにでもある現象なのかなと。

そういうエンジョイ勢未満無関心以上の人たちをどう迎えるべきなのかというのは
なかなか難しい問題のように思います。にわか勢を大切にしないコミュニティは
徐々に閉塞的になっていってしまうというのはよく知っているのですが、
しかし実力主義を完全に廃してしまったらそれはそれでコミュニティとして有意義でないような。
本当にゲームにも意欲的で、そのためにコミュニティに入って来た人なら
暖かく出迎えてあげるべきなんでしょうが、
逆の場合はなんとも取り扱いづらい部分はありますね。
過去の自分にも少なからず当てはまる部分はあるんだろうなぁと思いつつ書いていますが、
でもそういえば自分はそこまで無理にゲームコミュニティに入ろうとした経験は少ないかも。
まぁ、コミュニティに突っ込む勇気が無かっただけなんでしょうが。

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