#5006

曖昧な命題


空想

最近ちょいちょい改めて哲学の勉強でもしようかなーと思っているところだったりします。
哲学が最適解だとは思っていませんが、
なんというか今後の最終的な目標として、自分の書く文章において確かな「説得力」が欲しい。
その裏付けとしてなんらかの学問を修めることは避けがたいと思っていて、
今のところ自分のこれまでに書いてきた“独り言”の類を読み返す限り哲学かな、と。

基本的にこのブログはノンジャンル形式ということもあって
今までは率直な自分の気持ちが正しいという前提のもとで書き進めてきたところもあり、
だからこそ「これだけは間違いない」という軸のようなものが基本的にはないんですよね。
15歳の頃に正しいと思っていたことが25歳の頃には間違っていたと知り、
そしてまた35歳の頃になれば15歳の頃のアレはやっぱり正しかったと言うかもしれません。
それは「日記」としては自分はひとつの在るべき姿だと思っています。

でも、これだけは確実だという軸がないと、いちいち推量表現になってしまうのも確か。
「こうかもしれない、しかしそうではないかもしれない」ということを毎度言っていたのでは、
思考が前に進まないのも事実です。
学問にせよ客観的承認にせよ、説得力を持つことは思考の推進力になると思うんですよね。

書き残すことよりも考えることに重きを置く“独り言”カテゴリが今の形になったのは、
そもそも就活というイベントを前にして、
2009年ゴールデンウィーク頃に「自分とは何か」という問いを発したことが始まりでした。
実は同じ頃に中二病的な視点ではあるものの哲学に興味を抱いたことがあって、
小難しい哲学書を買ってみたことがあります。
格好つけと言ってしまえばそれまでなのでしょうが、
少なからず「自分の糧にしたい」という思惑もあったことでしょう。まぁ読めませんでしたが。

それから八年が経ち、いつの間にか就職している自分がいるわけですが、
上記の問いに答えられたかと言うと、まったくそんな気がしていません。
そんな問いに答えなくても就職はできるというのがまあひとつの結論なのでしょうが、
こういった根本的な問いはどうやら終わりがないようです。
それでいてしかも、一旦足を踏み入れてしまうとつい自分なりの結論を考えたくなる。
今の随筆はそんな想いの蓄積なのかもしれません。

こういったブログを通じて変化してきた自分の自己表現の在り方が、
いろいろな分野を見渡してみて哲学に近いかもしれない。
それならば哲学の分野を少し読みあさってみれば自分の考えに近しい、
しかも説得力を持つ文言が見つかるかもしれないと思ったのが冒頭一行目の経緯です。
哲学と、あとはできれば論理学のような数学的な考え方を取り入れられれば
文章アウトプット能力は少なくとも八年前よりはマシになるんじゃないかなーと。

というのはすべて理想論ですが、何にしろいつまでも学校の作文を書いているわけにもいかず、
こんなことを書いているモチベーションのあるうちに行動してみたいものですが。

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