#5607

子ども時代を象徴する二十選


備忘録

この記事では、新時代に突入したらきっと忘れてしまうであろう、
平成時代に自分の周りで流行っていたものについて、一言ずつ書いていこうと思います。
「そういえばあんなのもあったなぁ」
などと思い出すたびにメモしていったら結構な数になりました。本当に懐かしい。
ちなみに、二代目ブログ開設後の2004年以降については、
ブログとして残っていることもあって記憶が明確だし忘れようもないので割愛しました。
この記事で紹介するのはあくまでも平成前期のアイテムが主ということになります。
細かな年代についてはかなり記憶が曖昧なので省略しましたが、
おおよそ古い順に並んでいます。昭和末~平成生まれの方々に懐かしんで頂ければ幸いです。

ちなみに、本来ならここにエントリーしてもおかしくない次の5点、
 ・百人一首(#4438『土曜日の百歌』2016年03月08日
 ・キーホルダーゲーム(#3524『キーホルダーゲームの記憶』2013年10月04日
 ・あるくんです(#4975『世界を振り続けた記憶』2017年08月14日)
 ・オイル時計(#4715『滴る一秒』2016年12月09日
 ・大富豪(#4789『三時間目前の攻防』2017年02月17日
についてはそれぞれすでに紹介記事が存在するのでそちらを参照ください。

*  *  *

01◆あやとり
小学三年生の頃、何故かクラスであやとりが流行ったことがありました。
女子だけではありません。男子もわりと率先してやっていました。
まだ男子も女子もあまり関係なく遊べた最後の時代だったと思うのですが、
それでも性別の違いはあって、女子の方がかわいい紐を持っていたのを覚えています。
それをもらったのを重宝したり、あとは裁縫が趣味の母親に毛糸をもらったりですね。
毛糸のコレクションという意味でも楽しめましたね。
自分は「四段梯子」をすばやく作るのが得意でした。10秒以下だったと思います。
それを友達に自慢していたような記憶があります。

02◆パックマン
何故かハイスコアは7000点台ということを覚えている、トミー製の電子ゲーム機。
ゲーム&ウォッチのようにこれ一台でパックマンしか遊べないという代物なのですが、
とにかく大きく、単三電池を4つくらい使った記憶があります。
まだぷよぷよとテトリスくらいしか遊んでいなかった頃に夢中になった第三のゲームですね。
ゲームボーイとどちらが先だったかは覚えていません。でもこっちが先だったような……?

03◆ロケット鉛筆とバトル鉛筆
ロケット鉛筆は、芯だけの小さなプラスチック部品が幾重にも重なっていて、
押し出すことで芯を交換することができる仕掛け鉛筆の一種。多くは透明プラスチック製でした。
コレの亜種で、芯が横に並んでいて好きな芯を取り替えられるものもありましたね。
カラフルな色鉛筆もありましたが、狙った色を装着するまで手間がかかりすぎるのが難点。
バトル鉛筆は、鉛筆を転がして出た目によって攻防を繰り広げる、サイコロゲームの一種。
鉛筆にはいろいろなキャラが描かれていて(ドラクエのものが多かった)、
キャラによって強弱も存在するので、より強い鉛筆を探し求めていたものでした。
どちらも、とても鉛筆本来の用途としては使えなかったのは言わずもがな。

04◆ぷよぷよ電卓
その名の通り、電卓ができる『ぷよぷよ』。
テンキーに相当する4×4のボタンがぷよ型の半透明ボタンでできていて、
これがLEDによって3色に光ります。これでなんと『ぷよぷよ』が遊べるという仕組み。
ただし4つ消しではなく3つ消しとなっています。
これもゲームボーイが先だったか、これが先だったかは微妙なところですが、
ゲームボーイを差し置いてこれにハマるとも思えないのできっとこちらが先なのでしょう。
3色で16マスしかないフィールドの3つ消しという過酷な環境ながら、延々やっていた記憶が。
本来のぷよぷよ以外にも2つのゲームモードがある他、当然電卓としても使えます。

05◆ハイパーヨーヨー
自分と同じ世代の人ならきっと知っているはず。
小学四年生の頃だったかに男子の間で大ブームになったハイパーヨーヨー。
自分も親にねだって買ってもらったのですが、
買ってもらったのはハイパーなヨーヨーではなく普通のヨーヨーだったんですよね。
なので「犬の散歩」みたいなテクニックはどんなに頑張ってもできなかった記憶が。
「ループ・ザ・ループ」だけはできたのでそればかりやってました。

06◆キーホルダー立体迷路
田舎の道の駅のお土産売り場で見かけることができた立体迷路のキーホルダー。
大きいものは立方体ですが、たいていはCDケースのように扁平な形をしていました。
中に小さい銀玉が入っているので、迷路を傾けてスタートからゴールへ誘導します。
ゴールに辿り着いたら次はスタートへ。ただそれだけ。
道の駅の定番キーホルダーには「なぞなぞ100」「おみくじ」「謎の剣」なんかも定番でしたね。
今もあるんだろうか……?

07◆たまごっち
これも同世代~ちょい上世代なら絶対知っているであろう流行アイテム。
説明不要と思いますが、キーホルダー型の電子ゲームで
リアルタイムにデジタルペットを育てられるというものですね。
親もハマってしまった影響で我が家には10個近いたまごっちがあります。
当時、自分が愛情込めて育てていたたまごっちは「マメっち」まで育ち、
長く生きてくれたのですが、死んでしまったときは結構本気で悲しかったことを覚えています。
その悲しさが尾を引いたのもあってあまり長続きはしませんでしたね。

08◆デジタルモンスター
たまごっちの後発商品として、こちらは主に男子をターゲットにしてブレイクした商品。
いわゆる「デジモン」。たまごっちとの最大の相違点は、他の端末と繋げて対戦ができること。
マメに育てる他にも、戦績によって特定のデジモンに進化することもあります。
マメモンももんざえモンも見たけど、メタルグレイモンだけは一度も進化できなかった記憶が。
祖父母家に遊びに行っていたある日、成長期になったばかりの頃、
従姉のデジモンと対戦したら対戦終了後に突然死したのはちょっとしたトラウマです。
ちなみに自分が遊んだのは初代のみで、Ver.2以降はまったく遊びませんでした。
アニメも観ませんでした。その頃はもうポケモンに染まっていたからでしょうね。

09◆ルアー
我が家でもいちおう親子間で遊んだという記憶はあり、
その中でも印象的だったのが「釣り」でした。
釣具店に行って好きなルアーを選び、買ってもらった釣り竿にセット。
海岸に行っていざキャスティング。まぁ、釣れるわけがないんですよね。
そもそもルアー(疑似餌)はそのサイズを食べるほどの魚だけをターゲットに釣るためのもの。
子どもの好みで選んだルアーはどれも大きくて高機能なものばかりでしたが、
それが田舎の海岸に行っていきなり役に立つはずもなく。
釣りには何度か連れていかれましたが釣れた事は一度もありませんでした。

10◆メタモン
自分にとっての小学校中学年最大の思い出。
『ポケットモンスター』シリーズに出てくるこのキャラが、当時病的なまでに好きでした。
その思い入れは今でも物凄く強く、
そして自分という人間を形作ったいろいろな事柄のきっかけにもなったキャラクターです。
ポケモンブームは自分にとってのあらゆる出発点でしたね。
メタモンは『ポケットモンスター 赤・緑』ではセキチクシティ付近で登場するポケモンで、
他のあらゆるポケモンに姿を変えられる「へんしん」という技を持つ特異なキャラクター。
メタモンの何に惹かれたのは説明できませんが、
きっとそのシンプルすぎるフォルムが当時の自分にとっては魅力的だったんでしょうね。

11◆スライム
一方、こちらは自分にとっての小学校高学年最大の思い出。
ポケモン赤緑の直後には『ドラゴンクエストモンスターズ』がやはり物凄いブームになったのですが、
その中でも最弱に位置するキャラクター、「スライム」に惹かれ、
これまた病的にハマっていました。卒業文集とかまでスライムだらけだったような気がします。
パーティはもちろんスライム系最強のゴールデンスライム+99。
+99まで配合したあとも属性耐性を強化するために????系と配合しまくったり、
攻略本を舐め回すように読み込んで最強の技構成を考えたりと、
とにかく最強を突き詰めていました。ポケモン赤緑よりもプレイ時間は多かったんじゃないだろうか。

12◆遊戯王OCG
ドラクエモンスターズの次に流行ったのはカードゲームでした。
この頃は本当に流行の最先端こそが自分のマイブームでもありましたね。
遊戯王OCGについては1999年当時の他にも、十年後の2009年にも再ブームになっているので
過去に何度か書いていますが、自分は対戦よりもコレクター重視のプレイヤーでした。
今でも我が家には2000枚以上のカードが眠っています。
特定のキャラクターにハマるということはありませんでしたね。
強いて言えば「時の魔術師」「キラースネーク」かな?

13◆ハムスター
実は小学校高学年時代、『ハムスターの研究レポート』という漫画がきっかけになって、
つがいのゴールデンハムスターを飼っていたことがありました。
名前は何か餅に関連した名前だったような気がしますがどれがどれだったか覚えていません。
つがいだったので当然子を産み、その数なんと12匹!!
友人や親の知り合いなどに声をかけまくってなんとか8匹までは引き取り手が見つかったので、
残り4匹を親とともに育てることになりました。
壁をかじられたり、エアコンのリモコンのボタンをかじられたり、いろいろな思い出はありますが、
そこそこ懐かれていたのか噛まれたことはありませんでしたね。
ひまわりの種をかじっているところを見るのが至福でした。

14◆ポケットピカチュウ
たまごっち、デジモンから一歩遅れて出た育成系電子ゲームのポケットピカチュウは、
寿命などがない代わりに万歩計機能を内蔵しているタイプ。
おまけのミニゲームが面白くて延々とやっていた記憶があります。
これと同時期に出てきたのが『あるくんです』で、こちらは寿命があるタイプの万歩計型。
結果としてこの手のゲームは4種遊んだわけですが、
一番のめり込んだのはなんだかんだで「あるくんです」かなぁ……。

15◆バランスゲーム
今回の20選のうち、唯一どんなに検索しても情報が出てこないアイテム。
100円ショップ・ダイソーで売られていた、手に収まる程度の透明の立方体の中に、
いくつかの穴が空いた金属の板と銀玉が入っています。
これをうまく傾けてすべての穴に銀玉を入れたらクリア、というアナログなゲーム。
100円で2個手に入れられ、バリエーションはかなり多くありました。
レベルは4段階で分かれていて、難しいものは本当に難しかったような記憶。
親の買い物についていくとゲームセンターで数百円渡されて待つことになっていたのですが、
100円をメダル11枚に替えるよりも、
ゲームセンターの隣にあるダイソーでオモチャを吟味していた方が楽しかった思い出があります。

16◆Gコード
これは「物」ではないですが、懐かしいので紹介します。
昔のテレビ欄にはGコードというものがありました。
番組ごとに何桁かの番号が決められていて、それをビデオのリモコンで入力すると
その番組がすぐに予約できるというもの。
それ以前はテレビの録画と言えば、リアルタイムに録画・停止ボタンを押すのが普通だったし、
予約にしても何チャンネルの何時から何時までという指定をしなければなりませんでした。
それを一気に便利にしたのがこのGコード。
……なのですが、DVDの普及と共にいつの間にか廃れていきましたね。
当時、アニメ『星のカービィ』を録画するために一度だけGコードが役に立った記憶があります。

17◆BM98
自分にとってのパソコン黎明期に出会った最初のPCゲーム。
「beatmania」のコピーゲームで、今ではBMSと呼ばれて本家とは違った進化を遂げているのですが、
当時はBM98と言えば中央のBGA(アニメが表示される部分)の方が主役でした。
フラッシュ作品や『ドラえもん』の二次創作などが次々に発表されていたので、
それを中学校のコンピューター室で見て爆笑していた記憶があります。
中学時代後期には本格的にBMSを遊ぶようにもなっていました。
曲は「追憶の森」、「Snowflakes」、「妖晶零弐」がお気に入りです。
Snowflakes(5key)は毎日学校に行く前に練習して、ついにクリアできたときは感動ものでしたね。

18◆FlyingJump3
初代PC引退時にも書きましたが(#3687『Windowsフリーソフト二十選 2007-2014』2014年03月15日)、
中学時代に猛烈にハマった3Dアクションゲームです。
今風に言えばスーパーマリオメーカーの3Dバージョン。
一人称視点でフィールドを飛び跳ねて動き回り、すべてのハンバーガーを回収したらクリア。
特筆すべきはエディタのわかりやすさで、
中学時代の自分は夢中になっていろいろなステージを作成しました。
作成したステージはいくつかまとめてパッケージにすることもできる他、
ファイルとして配布することもできます。当時は窓の杜にFlyingJump3専用カテゴリがありましたね。
クリエイティブ精神を育んだ思い出のタイトルです。

19◆MDとウォークマン
自分は持っていなかったのでここで紹介するには本来不適当なのですが、
これを外して平成前半を語るのも味気ないので最後に紹介したいと思います。
MDというのは、フロッピーディスクをもう少し分厚くしたような記録媒体。
当時といえばこれに好きな音楽を焼いて、
ウォークマンに入れて持ち運ぶのが高校生のたしなみであり憧れでしたね。
漫画『ヒカルの碁』にもそんな描写があったような。
ちなみに自分はというと、ポータブルCDプレイヤーを親にもらってそれで聞いていました。
当然MDでハイカラな音楽を聴くことは憧れでしたが、
それは「ゲームボーイミクロ+プレイやん」という予想だにしなかった形で実現します。

20◆WS020SH
最後にブログ時代の代表としてこちらを紹介。
『WILLCOM 03』と名付けられたこれは、スマートフォン黎明期を席巻した「アドエス」の後継機。
現代のスマートフォンと比べるとミニPCに近い形態であり、
それはスライド式のQWERTY物理キーボードが象徴しています。
何度も書きましたが、ミニPCはWindows 95で「ホバー」を遊んだ頃からの憧れでした。
今となってはそれすらも古いものになりつつあるというのは、
いかに平成が高度に技術的成長を遂げた時代であるかを象徴しているような気がしてなりません。

*  *  *

以上、20個を足早に振り返ってみました。
今までブログで紹介できなかったブログ以前の思い出を一気に書いてみたわけですが、
思っていたより当時の記憶が失われていることに気づき、ちょっと焦りますね。
ダイソーのバランスゲームなんて検索しても出てこないのだから、忘れてしまったら完全に終わり。
そういう唯一無二の思い出を、これからも大切にしつつ、
可能な限り書き残し続けていきたいものです。

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