#5753

孤独の無力


今日の出来事

今日はラグビーワールドカップ 2019開幕の日であり、Nintendo Switch Liteの発売日でもあり、
iPhone 11、iPhone 11 Pro、Apple Watch Series 5の発売日でもあります。

まずラグビー。開幕戦を最初から最後まで観ていましたが、とりあえず勝ちましたね。
ここで負けていたら「目標8強」なんて言っていられなかったので、勝って良かったです。
正直ラグビーはルールを分かっているとは言いがたいのですが、
とりあえずこれだけは絶対抑えておきたい基本のルールとして、
「プレイヤーはボールを味方に対して前に投げたり、蹴ったりしてはいけない」というのがあります。
前というのはゴールがある側ということです。前に蹴って相手プレイヤーが拾うのはアリ。
誤って前方にボールを少しでもこぼしてしまうとファールとなります。
ですからラグビーというのは基本的に、サッカーのようにパスを回すのではなく、
プレイヤーが走ることによってゴールを目指すゲームなんですよね。
試合を観ているとわかりますが、味方へのパスは必ず持っている人を頂点として、
その頂点に引かれた水平線よりも後ろに投げています。
つまりパスを回すということはそれだけゴールが遠ざかるということ。
ゴリ押しで突破を目指すか、敵の少ない場所にいる味方にボールを託すか。
いかに敵を避けつつ真横に近い角度でパスを回せる陣形を組めるか。
その場その場の判断がかなりシビアに問われるゲームであるということになります。

また、これはなんとなくですが、サッカーは比較的連携力を重視されるのに対して、
ラグビーは個人のステータスも非常に重要になってくるゲームであるように思いました。
特にタックルでのゴリ押し突破力ですね。これが強力なプレイヤーは、それだけで得点力がある。
今日も松島選手がハットトリックを決めたおかげで日本は勝利を手にしましたが、
そうやって一人でも抜きん出たプレイヤーがいる方が有利になるゲームなのではないかと。
サッカーは、例えばメッシが一人超頑張ったところで味方が素人だったら勝てませんからね。

日本代表の次戦は静岡県にて、世界ランキング1位のアイルランドと対戦。
ぶっちゃけここで勝てるとは思いませんが、
ラグビーワールドカップの得点システムは負けても僅差なら勝ち点が入るシステムなので、
なんとか粘っていってほしいところです。

それから、今日はApple Watch Series 5の発売日ということですが、
実はこれ、Apple Special Event 2019発表当時、買おうと思っていました。
ところがいろいろと後回しにしているうちに発売当日が来てしまったので、
保留し続けている自分を客観的に見て、「今はそこまで欲しくない」と判断しました。

買おうと思った最大の理由は、今回のモデルから液晶画面の「常時点灯」が実現したこと。
これによってようやく時計としてカッコがつくようになったので、そろそろ買ってもいいかなと。
自転車をこいでいるとスマホを取り出さずに時間を確認したいことはよくありますしね。

それからもうひとつApple Watchが欲しかった理由として、
自動で睡眠記録を行ってくれる「Auto Sleep」というアプリと、純正アラームアプリの存在。
スマホ単独では今のところ自動で睡眠記録を行ってくれるアプリは存在しません(おそらく)。
それにスマホのアラームアプリは、単に「音を出す」に過ぎないレベルです。
それが各種生体センサーを備えたApple Watchなら就寝したかどうかを正確に計ることができ、
アラームも身体と密着している本体がバイブレーションして知らせてくれるので確実。
なので、睡眠改善ツールとしてはなかなかいいのではないかと思ったんですよね。

ただし、裏を返せばApple Watchの魅力は「それだけ」であるとも言えます。
英語や中国語などではScribbleという技術で対応している文字入力が日本語ではまだ未対応。
Apple Watch Series 4からの機能である心電図計測など高度な生体センサーは
官公庁が認可しないため日本では使用不可。
Apple Watchはこと日本に関してはローカライズの壁がまだまだ高いと感じます。
せめて、せめて日本語入力に対応してくれたら迷わず買うのに……!

ということで、腕時計と睡眠記録と目覚まし装置のために61,000円は高すぎる、
というのが今のところの暫定的な結論ではあります。
もしこれで明らかに睡眠の質が改善されるなら買う価値はあるかもしれませんが、
その可能性に支払える金額というのはせいぜい10,000円くらいで、
腕時計としての価値が20,000円あったとしてもさすがに定価には届きません。
他に目立ったアプリが存在しないというのも向かい風ですね。
WatchOSはアプリ市場としてはまだなかなか成長していないというのが現実だと思います。

今買う理由として、増税前だからという理由も思い浮かびましたが、
たかだか1,000円強のために購入を急ぐ理由もないのかなと。
今度の東京出張で補助金が出ないということも分かったし、節約するに越したことはないです。
まぁでも、万が一日本語入力に対応ということになったら、手のひらを返すと思います。
そういう意味では来年のWWDCで発表されるであろうWatchOS6に注目といったところでしょうか。

さて、昨日は3時間睡眠だったため23時には寝ることができました。
そして何時に起きたのかというと、15時です。もう三日分くらい寝た気分ですね……。
まぁ、ここで早起きしたら明後日のライブに支障があったので
遅起きは今回に限っては悪いことではないのですが、しかし15時起きだと一日があまりにも短い。
「明日はちょっと『その他』のタスクを洗い出す日にしようかな」
などと昨日書いていますが、まったくそんなことはできませんでした。
起床後、買い物のためにエキチカに行きそのままカフェで本を読み、
帰宅後即夕食からのラグビー。一旦テレビアプリを閉じてブログを執筆しつつだらだらスマホ、
そして『news zero』の時間は再びテレビに集中し、終わったあとはまただらだら……。

うん、もうアレだ。東京出張前に何かやろうと決めるのはやめた。
自分が自分らしさを取り戻すのはまず自分は相応にクズであることを自覚するところからかな。
今一番悪いのは状況が切迫していないということですね。
本当に、早く就職してしまいたい。就職していないからこそのこの自堕落でしょうから。
就職して生活が安定してこそ、初めて諸々のやる気が出てくるんでしょう、きっと。
今はやる気に必要な「社会的役割」というものがまるで欠落しているので、
どうしても自堕落になりやすいのかなと。
2015年頃に思い描いていた「休職して趣味に集中する一年を作りたい」
というのは、とんだ非現実的な妄想であったことが今なら分かります。
2019年は実際にそれを手にしているわけですが、
曲がりなりにも特設サイト完成まで漕ぎ着けた2015年と比べようもなく非充実ですからね。
でも、仕事に圧迫されていた2018年と比べれば随分とマシな一年であるようにも思います。
仕事と趣味の理想的な配分は永遠の課題ですが、
少なくとも「どちらかがゼロ」では人は歪んでしまうということを自分の歴史が言っています。
それを特に体感したのが2014年という年ですね。
あの年は人生初バイトを終えて、
前半の3ヶ月間は就活生であることを言い訳に堂々とニートをしていた結果、
趣味に関しては全振りで非常に充実していましたが、社会人としては終わっていました。
しかし後半期は、入社してすぐに先輩が消えてしまったことで仕事の負荷がかかりまくり、
新卒初年として、趣味なんかロクに維持できない激動の半年間を過ごしました。
起きたら会社に行き、帰ったら寝るだけ。本当に人として終わっていました。
2014年は非常に両極端な一年ということで記憶に残っています。

今は休職してもなお趣味も充実させられていないので、
ある意味2014年よりもタチが悪い一年を過ごしているとも言えてしまうわけですが、
何にせよ次の職場では、家に帰って何かができる余裕は残しておきたいし、
その余裕を使って何らかの趣味を見出したいと思います。

今はやる気があるとか無いとか関係なく、趣味の過渡期に突入してしまったので、
「そもそも何で遊べばいいのかがわからない」という状況。
この状況に突入したことが良かったのかどうかは分かりません。
Twitterを辞められたのは良かったけど、ああいう終わり方が適切だったかどうかは分かりません。
人様に迷惑をかけたという点では最悪だったとも言えるけれど、
ああでもしない限りは次のステップに進めなかったであろうことも事実だからです。

そして少なからずTwitterを遠ざける原因にもなった例の匿名SNSのおかげで、
新しい人間関係を構築していましたが、その全盛期はせいぜい04月までで、
今も交流を続けている人というのはもうごくわずか。
新しい人間関係を築こうと思えば築けるのですが、面倒くさいと思っている自分がいます。
なので現状は、Twitterを辞めてただネットで孤独になっただけの自分がいるという状況。

結局のところ、人は孤独では何も作れません。
どんなに少なくても、認めてくれる人がいるからこそ次を作れるんです。
ネット活動を初めて以来、思えば自分は認めてくれる人に恵まれ続けてきました。
2004~2006年のブログ黎明期はクラスメイトがそうだったし、
2005~2008年の特設サイト全盛期は来てくれる訪問者がそうでした。
2007~2009年のニコニコ動画全盛期は動画の視聴者。
2010~2012年はTwitterのフォロワーさんたち。
2013~2018年はピクミンプレイヤーのみなさん。

そして今、すべての縁が切れてここに至るというわけです。
だからネット活動を復興するには、自分を「認めてくれる人」の存在が欠かせません。
しかしそれは、自分が何もしない限りは絶対に生まれることはない。
この矛盾を解決するには一体どうしたらいいのだろう。

その回答のひとつが、今している転職活動というわけです。
仕事になれば、縁は向こうから自動的にやってくる。立場も環境も与えられる。
しかもネット活動と違ってお金ももらえる。
それが自分にとっての新しい生き甲斐になってくれれば、これ以上のことはありません。
2019年からは仕事を自分の主戦場にする。
退職やTwitterおよびピクミン活動の休止は、そういう思いもあってのことでした。

ところが、果たしてこんな自分を世間は受け入れてくれるのか。
無事に就職できたとして、本当にそれを生き甲斐にできるのか。
初面接がいよいよ迫ってきていますが、
今が人生の転換点であるということを実感するとともに、少なくない不安に戸惑う自分がいます。

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