#394

紡がれてゆく話


独り言 空想


1年・・・随分と成長したね。
いいや、言い換えるなら本当は礎はもう今年で10年目になる。
何もない真っ白なページを書き殴っては遊び、
ケシゴムをかけては進歩していった、今の僕の最大規模の思い出がそこにはあった。
僕がゲームを好きな理由、ゲームというモノへの想い・・。
いつか長ったらしく語る日も来るのだろうか?
そういう点では今はまだよく解らない。

ちょうど1年前。
僕はその壮大な物語の、頂点に“神”を創ることにした。
何度も何度も塗り替えられてきた――ようやく今の状態が泥沼だと悟ったからだ。
その世界の小さな生命体達。それを創った・・いや、創ってしまった神。
彼女を、“恩恵の神”と形容できるような、そういうキャラクターを創ってみた。
そのサブキャラクターとして補佐役兼その他色々の彼は、
当時は欠かせないとは思っていたが今はもう、消えそうになっている。

“彼女”というからにはその“神”は人間の女の子で、別になんのひねりもない。
そこでその数センチ単位の生物を生み出し、自分自身でその星全体を担う・・
細かいところは色々あるが、今は大体そういうあらすじだ。
昔はまだそういう事は決めていなかったし、第一“小さな生物”主体の物語だった。
しかしどちらにせよ、星レベルの大きな規模であり、小さな自分には扱いづらい物語だ。
だから今は進まずにいたり、昔は一区切り付いたらやめてしまった。

ルーズリーフ千枚分の物語が今、紡がれようとしている。
好きなキャラを片っ端から物語の主人公にしていった昔を、さらに塗り替えようとしている。
それは小説家のする事ではないし、ゲームデザイナーが描く物でもない。
言ってしまえば単に自己の中で描かれた妄想をカタチにしようとしている、
ひょっとすれば愚かな行為かもしれない・・。
けれど仕入れた情報や思いついたアイデアを紙に書くのは大事なことだと思う。
小学校時代から進めてきたこの個性も、結構捨てた物じゃないと思う。
まだ大いに語れていないのはどこか未完成な、いや、どこも未完成だからだ。

いつだったか、ある日英語の先生が自分が授業中の暇な時間に小説や詩を書いていたことを語った。
その時に、「自分の文章表現力のなさを実感した」という台詞に僕は心で大きく頷いていた。
最近始めて21000文字に達したが、またやり直そうかと思っている。
少し昔も50000文字程書いたが、読み返して反吐がでそうになるので全て消してしまった。
文章表現力というのはこうやって磨いていく物なのだろうか・・。
その答えはおそらく『Yes』なのだろうと思う。書いて消すたびに大きな進歩を感じる。
僕は現時点で31作品の詩を作ったが、“鳥の詩”のように最悪の完成度もあれば、
“道標の詩”や“さざなみの詩”のような自分では相当の完成度に至ったものもある。
後者は紛れもなく前者があったからこそ成せた物であり、
“進歩”という2文字そのままの意味が通じる。
この実感を感じた時、人は歩を進めてきたことを喜ぶのだろう。
だから“年配”は敬うべき存在だったりする。だが歩を進めていない年配は敬う必要はない。
そしてその逆の意味に値するのが、“可能性”とか、そういうものだと思う。
生まれてきた赤ん坊が将来何の職業に就くか、親によって決められるなんて馬鹿馬鹿しい。
360°何処へでも歩み出せる中心点に近ければ近いほど、その時を大切にしたいものだ。

だから僕は昔作り出した“可能性”を、“進歩”へ紡いでいきたいと思っている。
この物語を、未来の自分へ託したい――。

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