#405

それぞれの思い出・夏 2005-c


今日の出来事


祖父母を介して繋がっている僕達12人は、男子7人、女子5人。
今回はその内最年長の従弟の姉がこなかった。
最年長と言っても僕と学年は変わらない。
たまたま、高2の3人の内生まれたのが一番早かっただけだ。
どうやら部活だから、という理由で来れなかったらしい。
帰省<部活という考えは別に否定しない(できない)が、
イルカの真似なんだかよく解らない部活のマネージャー程度なら休んでも差し支えないのでは?
とか失礼なことを思っていた。
しかしこの日に従弟の親から、後に一人で来るらしいことを聞いたので、
それは賞賛できることだと思う。帰省の意味を知っている。
そんな最年長以外の女子4人+男子1人がこの日で帰ることになった。
この日はそれでか、カラオケが騒がしかった。
男子は男子で、計画された第2回ゲーム大会を進めた。
ゲーム大会は女子3人(一人気まぐれで残った)が帰ってからも続いた。
しかし今回は順番はバラバラに進む。

20.「タッチ!カービィ – サブゲーム」

サブゲーム、ペイントローラーを1回。それに5回中最高だったゴールゲームの得点をかける。
ペイントローラーは要は一筆書きをいかに正確に、素早くできるか。
僕はこのゲームを所持していないので、所持者である従弟に勝てる見込みはなかった。
それが今回、少しでも合計得点に均等するための処置。
もちろん結果は負け。僕は従弟の3分の2。
ペイントローラーの終盤がキツかった・・。

17.「キャッチ!タッチ!ヨッシー! – チャレンジ」

全ての中で一番後悔した項目。
みんなはほぼ互角。僕は空中面で188点を取った。
こんな得点は極滅多に出ない。そのプレッシャーに負け、
なんと2300mであっけなくやられてしまった。
全体で言えば2位。納得のいかない結果だが、致し方がない。
ちなみに1位だった弟は“苦い思い出”で散々嫌った相手だが、
それで帰省をつまらなくするのもアレなので、あっさりと和解した。

21.「メテオス – DSダウンロードバトル」

前回かなり盛り上がった項目を今回もう一度起用。
その勢いに乗って全40戦の大規模なものにしてみた。
が、それは失敗だった。一人16戦をやりきる頃には午前1時半。
4時間もかかってしまった。

18.「タッチ!カービィ – レインボートライアル」

“タイムトライアル”というのはゲーム全般でも言えることがある。
それは、初心者と上級者の差が激しいと言うこと。
“エンドレス”タイプには劣るが、それは結果にもでた。
しかし初めてのはずの弟が大健闘し、熟練者のはずの従弟と40点差まで持ち込んだ。
ちなみに僕はその論理通り、1000点以上の差がついた。

19.「キャッチ!タッチ!ヨッシー! – バトル」

今回最も盛り上がった項目。開始時刻は午前2時。
既にひとり寝てしまい、もう活気も無い状態だったが、ひっくり返した。
バトルしているのを見た従妹が、
「うわーなんかカビみたい」
と言ったのが確か元の発端だったと思う。
それを火ぶたに毎年恒例の“流行語”・・今年は何と“カビ”となり、
バトルでのカビの渡しあいは笑いを呼ぶ結果となり、大盛りあがりとなった。
やるとわかるが、この勝負は“1000m先のゴールに先に着いた方が勝ち”。
だが、実際にゴールしたのは約60戦中1回だけだった。
たしか前回も同じようなことを書いたと思う。

16.「スーパーマリオアドバンス3 – マリオブロス – バトル」

こちらもかなり盛り上がった。ここからは9日の日記扱い。
寝て起きてからだったので体力的にも必然だったのかも知れない。
だが昨日の「カビ」を受けてこちらでも敵キャラをカビ扱い。
おかげで25戦の勝ち抜け戦はあっという間に過ぎていった。

22.「メテオス – チャレンジモード」

対戦に比べれば全く盛り上がらなかった。
それに帰る寸前にやったので、かなり急かされる結果となった。
しかも実はまだ終わっていなかったりする。

9日は起きてゲーム大会の仕上げをしたらもう時間がなかった。
3時に帰るのに、起床は11時。
それも仕方がないことで、昨日4時や5時に寝れば誰だって早起きはできない。
「あと2時間かぁ」
というような台詞は、帰省終了寸前にいつも誰もが口にする。
残り1時間になった時、あまりに暇なので
近くの川に行くという従弟と弟2人についていくことにした。
しかしゴールデンウイークに行った時とはかなり形が変わっていた。
どうやら工事をしたらしく、川が多少広くなっている。
浅いため、簡単にわたれた場所も50cm以上もの深い川になっていた。
遠回りして浅いところにたどり着いたものの、帰りは時間が狭まったため、
その50cmの川をズボンを捲り上げて渡ることになってしまった。
捲った甲斐無く、びしょぬれ・・。
最後の最後でヘマをしたと今は後悔している。

そういえば海水浴に行った時、休憩の際に従姉の母と雑談をしていた。
その時に成績などの話になり、“どの教科が得意なの?”という流れになった。
僕はこの話をふまえ、別れ際に“国語が結構得意な証”、つまり詩を書いて送った。
だれかに見てもらいたい、という気持ちからだからだ。
それに話題になってくれれば、こっちも帰省がますます楽しくなる。
そんなわけで今ある中で最高傑作の詩を渡した。
従弟―従姉間でそれについてのやりとりがおこなわれたらしい。
「四等星の詩」に共感してくれたとか。
とても嬉しいことだ。こういう感情が詩を作っていて一番楽しい。
後に祖母にも別の詩を書いてあげた。
気に入ってくれたことを光栄に思う。
そしてこれがこれからのバネになるのだから・・。

なんだかんだ言って今回は3年ぶりにかなり楽しめた。
“全員集合”は去年の冬、“一瞬の思い出”以来だが、あの時ははっきり言って充実していない。
2002年冬ほど楽しめる機会はもうないだろうが、
こうして考えると今回の帰省はその次に楽しかった、いい思い出となった。
2006年を迎える時は、今度こそ全員集合、かつ楽しい思い出を作りたいと思う。

この日記を見ている“彼の地”を知りし者へ。

―ありがとう。

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