#500

これまでの話


web制作 独り言 自分


きっと果てしない距離を歩いてきたのだろう。

例えば人は今までに積んできた思い出をいつの間にか忘れている。
そのように、ヒトの頭は構築されている。
だから辛い事も、悲しい事も、笑いあった日々も、いつか忘れるモノなのだと、
年を重ねるごとに感じていく事だろう。
それがいい事だと思う時もあれば、悪い事だと思う事もある。
覚えていたいという時に限って忘れてしまう頭を、時には呪う時もある。
日記というものはそれらすべてを忘れないようにするものだと、
以前に語った事があったような気がする。

こうやっていままでに自分が書いてきたこれ含め500種の文章を眺めると、
やはり昔よりも今の方が書く量が多いようだ。
それに改行の仕方も何となく変わっているような気がする。
あと昔はプロフィールの一切を隠そうとしていた為、
一人称が“私”であるタイトルもあった。
こんなの公開していたのか?というものも結構ある。
そして全体的に見て、移転前無惨だったブログに比べると、
果てしなく進歩していっていると思う。
思えばこのサイトを作ってから友人を呼ぶようになったり、
毎日日記を書くようになったりしている。
だからこのブログの話題を膨らませた友人等がいなかったら、
今頃こんなにも発展はしていなかっただろうと思う。
もっと言えば、移転前のブログがなかったらこのブログは無かっただろう。
そして移転前のを荒らされなかったらこのブログはなかっただろう。
さらにどうぶつの森e+あいことば交換広場に入会しなかったら、
楽天広場というものを知る事すらできなかったし、
それを紹介してくれた人達がいなかった場合も同様だった。

どうぶつの森e+は前作とカードeリーダーがなかったら買わなかった。
前作は中学時代一緒にバカやってたYが貸してくれなかったら知れなかった。
カードeリーダーはゲーム&ウオッチに興味がなかったら買わなかった。
(結局未だに“ゲーム&ウオッチカードe”は発売されていないが)
ゲーム&ウオッチはスマブラを手に入れなかったら興味を持たなかったし、
スマブラは親がゲームキューブを買ってくれなかったらなかった。

全て繋がっている、様な気がする。
“派生”とはよく言ったものだ。今の僕はそれ以外に膨らんでいるモノはない。
もともと新しい事に挑戦する事が苦手だった僕のハズなのに、
こうやってこのブログを運営しているとそれも失うことができる気がする。

何かを得た。汚い歴史の上に立ちながら。
自分で刻んだ足跡は遙か後ろまで続いている。
きっと――

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