#773

誰かを好きになった話


僕は、片想いという被害に遭った人を、3人知っている。

一人は、行動力無さになにもせずに終わってしまった。
一人は、不器用さあまりに想われる見込みがない状態を走っている。
一人は、器用さあまりに周りから反感を買っている。


「友達になって下さい」
言えただけ、凄いと僕は思う。実際はバカな男で成績もクラス順位では
限りなくビリに近い数値であっても、それとこれとは別だということか。
あるいは単純に無計画なだけなのか。よくわからない。

相手が好きだから、積極的にするのは結構なことだし、できることは羨ましいと思う。
けれどその切り出しがやっぱり難しい。その時、他人をダシにすることで
切り出し、自分をあたかも「他の男子より優れている」とアピールするヤツがいた。
他人の凄いところを褒めて自分の株を上げるのは凄いやり方だ。
卑怯、とはこの事ではないかと他の男子が集まって色々言っていた。
具体的に彼がどういう事をして他の男子がそれに対して何を言っていたのかは伏せておく。

不器用な場合、そう言うことまで気が回らなくなる。
むしろ、そんなことはどうでもいいと思ってしまうのではないだろうか。
その一途な気持ちが相手に受け入れられるなら別として、
果たして平常心で無いまま積極的に来られて、相手は嬉しいのだろうか。
女の子の気持ちを汲んだつもりはないが、多分とりあえず戸惑って何か考えてしまう。
好きだとか、嫌いだとか、その為にコミュニケーションのネタがあるのか。
相手を振り向かせる為に狡賢く何か計画して、
それで振り向かせて本当に嬉しいのか。あるいは、振り向かされた側はどんな気持ちなのか。
“裏”の存在に気が付いた時、果たしてどんな気持ちになってしまうだろう。
とても言葉に言い表せない。

恋とかそういうものに裏面など要らない。
本当に芯から好きなら、そんな計画は要らないはずだ。
相手が応えた時は、心の底から嘘を付いていないと自信を持って言える。
ひたむきな自分を見せる努力をする。
それが「誰かを好きになった」時まずしなければいけないことなのではないか。

そういう経験のない僕でも言える。
これが本当に正しいのか、実際にはもっと薄汚くて当たり前なのかもしれないが、
それが本当に“二人”にあるべき姿なのではなかろうか。

バカと天才は紙一重という言葉通り、不器用なのも器用すぎるのも変わらない気がする。

コメント

  1. めろんパン さん より:

    気持ちとは他人の行動や言動でたやすく変わってしまうものだ。
    好きの人を他人に否定されてしまったら好きではなくなってしまう人もいるだろう。
    逆にあまり好きではない人を他の人がいい人だよと言ったらそうとも見えてくる。
    結論的には他人がこうだ!と言ったものに対してついていく。
    彼は別の意味でこうなっているのだと思う。
    別の意味とは僕にも分からないが、他人をダシにした行動は結果的には他人がこうだ!という方向なのではなかろうか。

  2. コメありがとうございます。
    彼についてはなんというか・・、この事でイメージダウンした人が沢山いるでしょうね。
    僕自身もそのうちの一人です。
    はっきり言って、信じたくありませんでした・・。