#1146

胸張って生きられない辛さ


2か月と5日が経った。
喋らないということに慣れ、毎日のつまらなさにも慣れたが、
日々なんだか底知れない日常にむなしさを感じていた。
たいくつだ。

4月19日、ゲームを買ってみたが即飽きた。
5月中旬前後、バイトを考えてみたが結局挫折した。
6月1日、ゲームをしてみてハマってしまった。
6月5日、寝坊を理由に学校をサボってまでゲームしていた。
遅刻やサボりなどというのは高校時代までほぼ皆無だった自分がこうなるとは思わなかった。

今の僕は、いきなりこの世から消えても誰も損する人間はいないだろうし、
悲しむ人もいないのかもしれない。
今の僕を、必要としている人はいないと思うし、僕も今は見知らぬ人は誰も要らない。
独りでいることに慣れてしまったからこう考えるようになったのかもしれない。

バイトに挫折してから、自分が自殺したらどうなるのか、想像してみたことがある。
どの方法が一番苦しくないか、とか、そのあと新聞沙汰にはなるのだろうか、とか、
昔の知人はそれを聞くだろうか、そして親は悲しむだろうか。
僕に自ら命を絶つ勇気なんてないし、まさかそんなことはしないとは思うが、
しかし学費、生活費、家賃その他もろもろを両親に依存しておきながら
日々娯楽に身を寄せて学校までサボり始めた自分に存在価値などあるのだろうか。
絶対にない、むしろマイナスだろうという考えに至る。
では何をすればいいのか、自分でお金を稼げばいい、その為に何ができるか、
バイトしかない、しかしバイトは今しがた挫折したばかりだ。
自分は何もできない、という結論を自分で生み出し、
そのトゲだらけのものを自分で握りしめなければならない。

入居日のあの日、親から受けている愛情を知った。
一人だろうが、なんとかやっていかなくてはならない、と思った。
今までバカなことをしてきた分、頑張ろうと決心した、
はずだった、がしかし今の僕はまったく何もしていない。
親から送られてきたものを消費しているだけだ。
なんでこんなに自分は情けないんだろう。

「親はみんなそうだよ」
と入居日夜誰かに言われて、なんとなく同意できず、
後日憤慨を抱いたのは間違ってないと思う。
愛情や家庭の度合いは千差万別で、
事実愛情などかけらもない家庭の事件の報道が絶え間ない。
僕は間違いなく幸せな家庭の方に生まれてきたと思っているし、
それを、両親を、誇るべきだと思っている。
そのことを“そんなもんだよ”と言われる筋合いはない。

家族とともに過ごしてきた18年間、泣いたのは大体辛い目に遭ったか、
痛い目に遭ったかのどちらかしかなかった。
テレビや映画やマンガや小説で本当に泣いたことなどなかった。
そんな感情のない自分が入居日で泣き、自分のもろさを知った。

その矢先に、今日、とある動画投稿サイトで暇をつぶしていた。
動画投稿サイトは4月下旬に従弟から勧められたもので、
以来暇な時には見るようになってしまった。5月下旬以降は冷めたかに思えたが、
最近急にまた観るようになっていた。

このブログを書く少し前のことだが、ある作品をみて――、
生まれて初めて、他人の作品を見て泣いた。信じられないほど心を打たれた。
ここは泣くところじゃない、と自分で分かっていても涙が止まらなかった。
それは、某巨大掲示板に書かれた、
親不孝と親孝行にまつわる(おそらくフィクションの)感動作品集だった。
仕事もせずひきこもって暮らす、あるいは親に反抗する主人公と
息子に愛情を示しながら不幸に至る母の話。
あまりにも観るタイミングがよすぎたのかもしれない、
入居日以来号泣した。2007年は過去18年間分よりも多く涙を流しているかもしれない。
頑張らなきゃいけない、と思った。
しかしその一方で、じゃあバイト先に今からでも連絡するか、という気にはなれない。
となると、感情すら嘘をつくようになっているのか、と悲しくなる。
それは今の僕には共感や覚悟ができてもスキルがないだけの話で・・・
と言い訳を自分に言い聞かせようとしているのも、僕のダメなところだと思う。

人は何のために頑張るのか。人は何のために頑張れるのか。
その対象が自分以外の人になったとき、人は幸せになれるのだと思う。

僕の父と母は今、僕のために頑張ってくれている。
今は僕は、それを受け取っているだけの人間だ。
いつかそれを送り返すだけでなく、倍以上に相当する何かができればいいと思っている。
しかしそれが今はできない。そしてだからこそ落胆することもある。
だが考えてみれば、バイトに挫折したのも、親不孝を抜け出すためと猛進したためで、
素直に親不孝をしていればこんな気持ちにもならなかったと思う。

とりあえず、今の自分にできることをやっていればいい、と勝手に考えてみた。
もしかするとバイトを始めたよ、と突然報告して驚かせるよりも
大学の方でいろいろ頑張っていた方が親にはいいニュースなのかもしれない。
何か資格でも取ってみようか、と虚ろながら思っている。
それは少なくとも前向きなんだ、これからはこう言う事を大事しないといけない、
と思った。