#1163

敗北の話


独り言 自分


高校卒業から3か月半が経過した。
クラスメイトの顔と名前がすぐ浮かんでこなくなった。
男子は3分の2ぐらい、女子は印象深い人しかもう覚えていない。
担任の顔は覚えているし、クラス全体としての雰囲気は今もイメージできる。
だけど、もうそれが遠い話なんだと分かると、なんだかむなしくなる。
僕は今かつての日々を、忘れたいのかもしれない。

思えば合格したらそのあとてんてこ舞いだったであろう、
大学受験第1志望不合格のあの日から、自分の失敗を全部高校時代のせいにしていた。
金沢に来たのはあの日遊んでいたからだ、
今の自分を形成したあの日の自分に責任がある、と悔やんでいた。
しかし考えてみれば、そんなのは今の自分にとってとても言える言葉ではない。

7時22分起床。8時9分前後に家を出て自転車をこぐ。
遅刻2分前くらいに学校に着き朝読書。朝のホームルーム。
1限の準備時間に席を立ってロッカーへ。早ければそこで友人と最初の会話。
いつも後ろの席だった。当時の自分も相当授業を適当に受けていたが、
今よりはずっと真面目に受けていた。興味のある単元はノートを自分風にアレンジし、
カラフルなページを作るのに没頭する。興味のない単元はゲームで過ごす。
休み時間は大体誰かが僕の席にきて雑談を始めるか、その逆で自分が出向くか。
昼休みになれば弁当を持って集まり、しょうもない雑談をする。
それなりにいつも話題は花が咲く。
放課後になっても帰らなかった。清掃時間になると担当の時はちゃんとするが、
そうでないときはベランダに出て教室の清掃終了を待つ。
人がいなくなると僕たちのテリトリーで、堂々と通信対戦をしたり、
黒板の前で漢検の模擬テストに盛り上がる。落書きなんかを始めると、
僕は下手くそと自覚しつつもチョークを手に取っていた。
夜になるとようやく教室を出る。多い時は7人とか8人での集団下校だった。
そんな毎日が、愚かしくて悔しいと少し前の僕は言った。

そんな毎日が愚かしくて悔しいと言った少し前の僕はというと、
7時5分起床、8時39分に家を出てバスに乗り、
9時5分に大学に着き、20分まで1限の講義室で待機。
講義は全く聞き流しで、寝るか帰ってから何をするかを考えている。
休み時間は移動かケータイとにらめっこかのどちらかで、
別にメールが来ているわけでもない。
昼休みは食堂で適当に済まし、さっさと図書館へ行く。
図書館では本を読むでもなく、課題をしたり、やっぱり帰ってからのことを考えている。
最後の講義が終わったらバスに乗って帰宅。
最近は最初や最後の授業をサボることも多々あり、寝坊もするようになった。
1日中一言もしゃべらない日が当たり前になった。
そんな毎日が、

そんな毎日が果たして以前より正確な過ごし方になっているのだろうか。
遊びっぱなしで、笑いっぱなしで不真面目だった日々をけなす権利があるのだろうか。
改善の余地はある。それなのにダルいからと何もしない自分がいる。
そんな奴に高校時代を蔑まれる筋合いはないと、昔の僕なら言うだろう。
あのときは確かに、クラスの一人であること、友人と会えたことに誇りを持っていたはずだ。
絶対に忘れない思い出になったはずだった。
なのに今は必死になって、忘れようとしていた。

一人暮らしの始まりから2か月と22日。
未だに家族の夢は毎日見ているが、教室が舞台の夢はほとんどなかった。
しかし、今日たまたまクラスで馬鹿騒ぎする夢を見てハッとした。
自分にはかつてあんなに楽しかった日々があったことを、
自分で忘れようとしている、ということに気がついた。

もう遅いのかもしれない。正直な話、ブログという形で自分をこうして傷めつけ、
高校時代のことを愚かだと一度は悔やんでしまった以上、
今はあのときの知り合いに合わせる顔がない。
自分がこんなにも落ちぶれた者になってしまったということを、見せたくない。

昔の自分より今の自分が劣っていることを自覚するのは、辛いことだと思った。
3度戦って3度負けた、と言ったが、本当に負けたのはその3戦ではなく、
今の僕自身だった。

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