#1569

昔の笑い声が砕けた


文化 自分


昨日、来月の帰省について従弟と話し合っていたのですが、
雑談でかなりショックを受けることを教えられました。
もう1か月以上前の話なので、ご存知の方もいるかもしれませんが
何やら某漫画出版社が漫画家に対してかなりひどい事をしているんだそうで、
さらにこの事実の延長線上で原稿を紛失され、
それに憤慨したある漫画家が決起して出版社を訴えたんだそうです。
殊に被害者になった漫画家の中でも最も酷い目にあった人の作品は
自分が子供時代に随分と笑わせてもらった唯一の漫画だったので
その事実を知った時は言い表せない損失感で頭がたくさんになってしまいました。

訴えられた出版社は、学年誌など小学生向けの漫画雑誌で有名な小学館。
訴えたのは「金色のガッシュ!!」で知られる雷句誠さん。
そして、最も酷い扱いを受けていたと噂の漫画家がひかわ博一さん。
その名前を聞けば思いつく人も多いと思いますが、
僕が小学時代に唯一自分のお金で単行本を買い集めたのが
「星のカービィ デデデでプププなものがたり」というギャグマンガです。
カービィの目が少女漫画みたいなアレです。同世代なら知ってる人も多いのでは?

最近僕の中で懐古ブームが巻き起こっているので
とりあえず昔話から語りますと、我が家は昔から漫画の数には困っていませんでした。
自分で漫画雑誌だの単行本だのっていうものを買う必要がないんですよね。
でもこの「カービィ」だけは自分の中ではやたらに特別で、
確か当時星のカービィ64を中心にシリーズにハマっていたことや
コロコロの中でも下ネタが非常に少ない自分好みの漫画ということで
それはもう、アホみたいに寵愛していました。
弟には読ませないことを徹底したり、読む時は汚さないように注意したり、
挙句の果てには小学5年の夏休みの自由課題で
これの“読書感想文”ならぬ“漫画感想文”を書いてしまったりと、
まぁ少年時代の自分の物事のハマり方はいろんな意味で普通じゃなかったので
ともかく大切にしたことを覚えています。
肝心のきっかけとかは覚えてないんですけどね。
確か友人宅で9巻を読ませてもらった記憶があるようなないような・・・。
今でも実家には他の単行本から隔離された特別な本棚に19巻ぐらいまであります。
ちなみにこのブログのごく初期、手書きイラストでヘッダを飾っていましたが
ピクミンもあるものの、描くものはことごとくカービィ関係のものでした。
“絵を描く”ということを最初にしたのも、実はこのカービィがきっかけだったりします。

そして、偶然にもごく最近25巻が最終巻だと知って、
あーそういえばそんなものがあったなぁ、という矢先に知ったこの事件。
なんでも、小学館は編集担当が漫画家に罵倒を浴びせることが横行しているそうで、
連載打ち切りが近くなってからこの作者もそれが原因でうつ病を患ったとか。
まとめ動画なんかをニコニコ動画で見てみると連載開始直後と
最終回掲載時の作者の顔がまるで違う。後者はなんだか白くて瓢箪みたいでした。
単行本の作者コメントも、最初は子供の事を想っているような明るい文章だったのが
最後に近付くにつれてどんどん陰湿で孤独な文章になっていくという。
極めつけは、少年時代の自分がよく覚えているように
読者も登場キャラクターも笑ってばかりのあの漫画だったはずが、
最終巻の表紙は、だれ一人笑っていない、んですよ。
これは相当ショックでした。
この漫画といえば第一にも第二にも笑いという印象だったし、
きらびやかな表紙絵がシンボルのようなものだったのに・・。

ともかく、ちょうどこの漫画を読んで育った自分にとっては強かなショックでした。
昔の笑えるイメージとのギャップがもう・・・。

今月末から雷句先生をはじめとした漫画家が
立ち上がるきっかけになるであろう裁判が始まるようで、
その行く末を見守りつつ、実家に帰ったらひかわカービィを端から読みたいと思います。
ついでに久々に絵でも描こうかな。

この記事は昔語りメインなので、事件のちゃんとした概要は書けていません。
少しでも興味を持った方は『小学館問題 カービィ』で検索とか、
小学館問題だけで検索とか、雷句先生のブログを見ていただくと詳しく分かると思います。

漫画家は人の夢を描く仕事。
それなのに週刊連載等で過労を強いられ、あげくには漫画を描かないような
編集側からパワーハラスメントを受ける実情なんて、あっていいものでしょうか?
今回の一連の事件で、漫画家がもっと優遇されるようになればと思います。
そもそも“週刊誌”っていうもの自体、僕は要らないと思うんですけどね。
単行本を買う補助役や新人デビューの場として
月刊誌を作るぐらいでいいんじゃないのか?とかいろいろ考えてしまいます。

0

コメントを残す