#1970

夜空に咲く花の下に #1


今日の出来事


夏休み7日目、祖父母家帰省前半1日目。

書いている側としては毎度毎度の事なのですが、
2009年06月以降始めてこのブログを見た人を配慮する意味で、
このブログの“帰省”について改めて解説。

帰省とはもちろん実家に帰ることですが、
僕にとっての帰省は2007年GW以降、2種類の意味を持つようになりました。
まず1つは今まさにしている、アパート暮らしをしている自分が親の元に帰る帰省。
そしてもう1つは、未成年時代からずっと続いてきた、父の実家に行く帰省。
兄弟合わせて同世代・年下のイトコが11人もいる自分にとっては
単に祖父母に顔を合わせにいくというよりは、彼らと遊ぶための一大イベントという意味で
大昔から長期休暇の恒例行事でした。
区別をつけない時もありますが、2007年以降、後者の事は“”と書き、
長期休暇に実家に帰る帰省は単に“帰省”と書いて、区別を付けています。
そして、今から書こうとしているのはその“祖父母家帰省”と言う事になります。

カウントが間違っていなければ、二代目ブログ移転以来書き残してきた祖父母家帰省は
2004年冬を最初に、今回で15回目ということになります。
実は2004年冬帰省は単なるブログ移転後初という以外にも区切りの意味があって、
以前の帰省記事で何度か言及しているように、
事前にネット上で従弟と連絡を取って、何とか楽しい帰省にしようと色々計画をする、
“計画帰省”という形式が確立したのが2004年冬でした。
そこから5回、自分主催のゲーム大会を開いたり、その最終回をきっかけに
いわゆる“罰菓子”という自分たち独自のブームが定着したりと、
2004年夏以前とは随分と様変わりしたわけですが、次第にそれも行き詰まり、
そして自分含む年長組がいよいよ帰省する余裕が無くなってきたのが去年でした。
正確には忙しいのはまだ従弟一人だけなのですが、
その従弟というのが自分以外に帰省を計画する唯一のメンバーだった為に
“事前に計画する”という従来の形式がどんどん衰退していき、
ついに計画することをしなくなったのが2009年GW帰省。
まぁ、今年のGW帰省は4年ぶりの上1週間前に突然行くことが決まるなど
かなり例外的な扱いだったので、そういう意味では今年が脱計画帰省の初回とも言えるのかも。

そういう意味では帰省新時代の初年とも言える2009年、その花型でもある夏帰省。
従弟の就職活動の関係で今回は2008年冬時点で「無い」と言われてきた帰省でしたが、
従弟が来ないから花火大会に行かない、というわけにもいかず、
もう一人の小5の従弟と花火を見るだけ為の前半帰省でした。

解説はここまで。ここから本編です。
前半初日となる07日は3時就寝13時起床。
花火大会は08日なので、この日は完全におまけの1日ということになります。
寸前まで08日出発の予定だったのですが、
なんでも9年前・2000年の家族旅行で会った四国在住の親戚が来ているとのことで、
彼らに会うために父が1日予定を繰り上げたかったらしい…。
まぁ別に今のところ実家帰省も祖父母家帰省もPCがあるかないか程度の違いで、
そのPCも最近は随分と使う頻度が減ってしまっていたので
昔のように嫌悪感はありませんでしたが、この日は小5の従弟も来なかったため
祖父母家帰省中とは思えないほど、とにかくひたすら暇な1日でした。

出発したのは17時。
出発前に音楽プレイヤーのプレイリストを整理して、
車中では約1週間ぶりに音楽を楽しみました。
電車や高速バスとは違ってたった1~2時間の移動なので
プレイリストは贅沢にすべて☆4以上のお気に入り曲で構成。
おかげさまであっという間の1時間16分でした。
高速道路料金値下げでてっきり渋滞かと思いきやそうでもなく、
親が車を買い換えたのもあってか、今回はさほど車酔いはしませんでした。

先述のとおり、到着後はイトコは一人もいなかったので暇の一言に尽きる1日でした。
ちなみに、親戚の子供が小5・小3の女の子2人いたのですが、
初対面だった上に物静かだったのもあって、結局一緒に翌日の花火を見るだけにとどまり
交流することは皆無でした。まぁ、向こうにとっては約10歳年上の男なんて
恐怖の対象でしかないんだろうなぁ、とか勝手に考えたり考えなかったり。

この日は無難に1時就寝。
寝る場所には扇風機がなかったため、異様なまでの湿気にかなり苦しめられましたが
ブログを書いている11日現在思い返すと、かなり奇跡的にすんなり眠れた1日でした。

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