#1972

夜空に咲く花の下に #3


今日の出来事 文化


夏休み9日目、祖父母家帰省前半最終日。

麻雀は弟が従弟に刺されまくってハコってしまったので、そこで打ち切りに。
この日は貫徹にはならなかったものの、特にこの6時からの4時間が廃人タイムでした。
ここまで起きたら下手に寝ることはできない……
でも従弟は仮眠と言う名の熟睡に入ってしまったし、
唯一生き残っている弟は相変わらずモンハン三昧……。
ということで、こういう時の最終手段として音楽聴きながらうごくメモ帳をいじって
なんとか4時間を耐え抜きました。……が、最後の最後で限界が来て
何やら30分ほど意識が飛び、その直後GWに食べられなかったラーメン屋に出かける事に。

正直、このラーメン屋が今回の帰省の最大の汚点だったというか……。
前回と同じように行列にはなっていたものの、前には3組しかいなかったので
そこへ自分たち11人が並んでいたのですが、
最前列まで来たというところで店を出たいかにもなイケメン若者集団に「11人とか(笑)」
と嘲笑するように見られたり、店に入ると物珍しそうに自分たちをみるおっさんがいたり、
そして自分はと言うとそれらを愚痴ったばかりではなく
大盛りを注文したあげくみんなの中で唯一食べきれなかったり……。
徹夜していたせいというのもありますが、
おかげでここから24時間は体調不良に悩まされました。

ラーメン屋から帰ったあとは小休憩をはさんだ後すぐに祖父母家を後にしました。
車中では当然のごとく大爆睡……というよりは単に意識が飛んだだけというべきか、
残念ながら全然疲れが取れないまま家に到着。
着いたのは15時半。高校時代の友人たちとの約束は18時に新潟駅南口。
実家から駅までは自転車で35分……準備の事を考えると眠れるのは1時間半か。
とアラームを17時にセットし、確かに17時に一度起きたはずなのに、
次に携帯を見た時は、時計は18時03分を指していました。
……夏休み初日に続いてこんなところでも……。
たかが久々の再会と花火を見逃しただけじゃないか、と言い聞かせても
なんだか夏休み初日の時以上に喪失感がすさまじい。
本音から思いっきり自分に向かって馬鹿野郎と叫ぶ無意識。
そうやって仰向けになっていると、高校時代の友人から電話が。
「もしもし?」
「あー…………ごめん寝坊した」
「もう実家帰ってきたの?」
「うん、ついさっき帰って来た……ちょっと徹夜してて。――もう間に合わないよね」
「どれくらいかかるの?」
「35分くらいだから、今行ったら18時半――」
「え?余裕じゃねwww」
「ちょっ……いや、余裕じゃないだろ……打ち上げは19時15分だっけ」
「うん。余裕だよねwwwwww」
「いやいや」
いやでも、そこは待ってくれてることを素直に受け止めてみろよ。
花火見たいという気持ちを邪魔するのはなんだ?
この3ヶ月間考えつくした中ではこういう場面で否定する理由は全くないはずだ。
などという思考を巡らしたあげく、
「ごめん、じゃあ、今から行く。」
「わかった!」

18時20分出発。
事故らない程度に直線を急ぎ、18時44分に新潟駅南口のビッグカメラ前に到着。
そこで3人の高校時代の友人と会い、
19時15分の打ち上げまで会場のやすらぎ堤という場所まで延々と歩きました。
しかし打ち上げが始まっても、敷き詰められたとも言えるほどの人の山の中から
座る場所をなかなか見つけられず、
一人の提案でまずはコンビニで飲み物を確保しよう、という話に。
最寄りのコンビニから帰ってからまた歩き、
打ち上げ場所に近づくにつれていよいよ立ち入り禁止区域も見えてきてしまったので
仕方なく引き返し、そこから数分歩いたところで妥協して歩道ギリギリのところに座りました。
花火はこの時点ですでに半分くらい打ちあがってしまっていました。

花火の感想を書くとすれば、正直言って、今まで自分にとってのスタンダードだった
祖父母家の町の花火大会の規模はとっくに越えています。これはもう数の上でも明白。
プログラムのほとんどがスターマインで、一尺玉クラスの大きな花火が次々に打ち上がり、
迫力やスターマインの構成と言うか演出方法ももはや前代未聞。
橋一本が発射台になる分、打ち上げ方がとっても多彩なんですよね。
ただ……別にいつもの海上花火大会の弁護をするつもりはないのですが、
発射台から遠い場所から見ていた分、一発ずつの迫力は田舎の花火大会には劣るかなと。
あっちは例えば一尺玉なら一発ずつ打ち上げるのですが、
玉がゆっくりと天に向かって飛んで行って「おいおいどこまで行くんだよ」
「あ、そろそろ開くな」みたいな期待感をかきたてられるのが凄くいいんですよね。
ちょっと言葉では表現しづらいですが……
海上タイプである程度小規模で近くから見れるいつもの花火大会と
新潟まつり花火大会のような川上花火で大規模で遠くから見ざるを得ない花火大会は
種類というか方向性がまるで違うのかなと思ったりしました。
どちらもいいというのは言うまでもないですけどね。
まぁ海上の方は今年はかなり残念な出来でしたが。

しかし、この日はどちらかというと友人たちとのおしゃべりがメインでした。
花火を会話の飾りにしてしまうなんて自分には勿体無くてできない事だったのですが、
結果的には花火をバックグラウンド扱いにして
友人のうち一人と延々と就職活動についての話をしていました。
この内容についてはまだ色々と考えているところがあるので今は書けませんが、
明確に将来を見据えている彼と自分の決定的な違いは分かりました。
それは自分に自信があるか否か。そして目的がどれほど透明かどうか。
前者は07月頃に自己分析の一環としてたどり着いた、
自分の欠点に対する疑問の大きなテーマだったので……って、
帰省記事でこんな話を書くのはご法度ですよね。まぁ考えをまとめてまた後日にでも。
……最近こればっか言ってその“後日”がなかなかない気もしますが。

最後の花火“Evolution”を見終わった後はやすらぎ堤を脱出して近くのマックへ。
ここでも雑談に花が咲きましたが、さっきの就職活動の話の続きと言うよりは
それぞれの大学生活についての話題といった感じでした。
詳細をかくとプライバシー問題にもつながりかねない……いや名前を出してないから
多分大丈夫だと思いますが、それにしても自分より単位を落としている人っているもんだな。
彼の話を聞いていると、まさにその思考回路が去年以前の自分とそっくりでびっくり。
そして、資格がどうのこうのという話を聞くと胸が痛い……
なんで自分教職取らなかったんだろう。
まぁ2007年当時は教師なんて絶対なりたくないからだったのですが。
そうすると何故文学部に……と、これもやっぱり深刻かつ根本にかかわる問題なので
また後日で。
これに関して友人に逆転の抜け道的な事を教えてもらいましたが、
それをするには相当の覚悟と親への負担が避けられないという……。
あと、2009年夏休み第二期(08月10日~08月16日)が終わるまでは就活を忘れて休むつもり、
と何気なく友人に言ったら、「それはマズいって、今は行動しないとヤバいよ、マジで」
と言われました。いや、行動しようにも帰省後半間近というのもあって
やる気と体力が全くないんだけど……
これが負け組の前兆って言うやつか。
なんとなく幼いころからずっと経験してきたことではあるんだけど。
これも簡単な話ではないのでまた後(以下略)

マックを出てからは延々と歩いて駅へ。
夏休み9日目最大の地獄はここからでした。

駅に入ってまもなくすると何やら外は突然の雨。
傘も持ってきておらず、自転車で35分かかる自分はまさにシャワーを浴び続けた帰り路でした。
コンビニで傘を買おうとも考えたのですが、
花火の時に友人にリキュールを貰って少し酔ってるし、ここで傘差し無点灯運転をしたら
本気で事故りかねない。ということで、ずぶぬれ承知でゆっくりと漕ぎ、
家に着いたのは23時10分でした。
直後お風呂に入ったらなんだかふとももがかつてないほど疲れてまともに動かない……。
満身創痍でベッドに倒れ込み、そうしてかなり長い1日が終わったのでした。

祖父母家帰省はまだ終わっていないので総括はできませんが、
思えば二日連続花火なんて、今までに体験しなかったことだったなぁ……。
その1回目の花火の打ち上げ1分前に、
来ると思っていなかった高校時代の友人から電話があったのはある意味奇跡的だったのかも。
そういう意味では、2007~2008年の失態をかなり取り返せたかな、と思える3日間でした。
友人関係という意味でも、祖父母家帰省という点でも。
そんなこんなでこれから3日のインターバルを迎え(執筆時点ではすでにその2日目ですが)、
それが終わったら13日から今度は花火無しの3泊4日、帰省後半戦の始まりです。

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