#1976

夜空に咲く花の下に #4


今日の出来事 文化


夏休み13日目、祖父母家帰省後半1日目。
前半の記事は08月07日参照。
ナンバリングタイトル的には、打ち上げ花火を見ていない後半は
その続きとしては不適切かもしれませんが、諸事情でその「#4」から始めさせてもらいます。

花火の為だけのつもりで行った前半帰省とは異なり、
後半は従弟が確実に来る上に2泊3日と、
いつもの自分たちの帰省という意味合いが強い期待のようなものがありました。
ただ、決まり切ったイベントが前半に比べて存在感が薄いのでその分書き残す量が少ないかも。

初日のこの日は10時起床、出発したのは11時。
前半の出発の時と同じように、音楽漬けであっという間の移動時間でした。
祖父母家に行く前にちょっとトラウマな、前半最終日に行ったラーメン屋で昼食。
前回は大盛りを注文して食べきれず苦しい思いをしましたが、
普通盛りにした今回はさほど嫌な思いもせずに済みました。
相変わらずの混み具合だったというのもあるので、
当分は行きたくないというのは変わりませんが……。

祖父母家に到着したのは14時過ぎ。従弟2人は既に到着していて、
15時半にさっそく墓参りに出かけるという事を告げられました。
ちなみに小5の従弟が部活の関係で2日目午前には帰ってしまうので、
墓参りを含めて全員でするべき催し物はするとしたら今日が最後だったのですが、
外はあいにくの天候。――思えば、今回ほど天気に苦しめられる帰省もなかったと思います。
15時半までは特に何もせずに待機。
ぽつぽつと雨が降る中、親戚家族全員で山奥へと墓参りに出かけました。
お墓がある場所付近はいつも物凄い数の蚊がいるのですが、今年はほとんどおらず
その代わりアマガエルが何匹もいました。

帰宅後、夕食を食べたのは17時40分。どう考えても早すぎるのですが
祖父母家ではこれが普通です。
この時にみんなで見ていた甲子園の熊本工業高校vs三重高校が当時8回裏で同点だったので
「どっちが勝つと思う?」みたいな話になり、これがこの日一番盛り上がりました。
自分含めた数人が熊本工の勝利に賭けると、とたんに9回表に熊本工が1点をあげ、
「三重ざまぁwwww」と熊本側が盛り上がっていたら三重もまたたく間に1点を入れ、
試合は延長に。10回表で点を入れられずに交代すると、10回裏で三重が勝ち越しの1点を
入れてしまいました。……なんか文章に起こすとすごくつまんないように見えますが、
実際には結構ギリギリの勝負だったはず。その辺の記憶をしっかりとどめておくべきだったか。
とりあえず、大人も子供も一致して盛り上がった数少ない瞬間でした。

夕食後。
外は相変わらずの雨ですが、小5の従弟が明日帰ってしまう関係で花火をやろうという話に。
墓参りの時程度の雨なら吹きっ晒しでもなんとかなるかな、と思いきや外は土砂降り。
近所の橋の下でできないかな?という一人の提案で、
自分と弟1人で懐中電灯と携帯を手に持ち、橋の下の様子見をすることになりました。
行ってみると、橋の下へは堤防のような急な坂を懐中電灯を頼りに下らないといけない上、
ふもとは草だらけで、安全なルートでも橋の上から下に下るだけでも相当の労力が要る。
しかもこのルートを歩きながら傘をさす必要がある……。
最年少組も同行することを踏まえると、とてもじゃないけど危険すぎると言うことで
追って来るはずだった待機組の中の従弟に携帯で連絡を取ってストップをかけ、
とりあえず偵察組の自分たちはその危険路を後にしました。

さてどうしようか、いっそのことかろうじて雨が当たらない玄関前にしようかと話していると
祖父が登場して、祖父母家から見て橋の向こう側の下に雨が当たらない場所がある、
と教えてくれました。自分たちが偵察してきたのは道が整備されていないこちら側。
橋を渡るにはかなり手間が要るので、そこで従弟の車を足にすることにしました。
2往復でなんとか全員が橋のふもとに到着。
確かにコンクリートで整備されてるし雨も当たらない。
ようやく手持ち花火を始められる環境が整った……かと思いきや次の問題が。
偵察時点まではほとんど吹いてなかった風が突然吹き始め、
なんと種火を点けられないという……。
多分位置が原因でもあるのでしょうが、
ここまで不運が重なるともう呆れるを通り越すというか……。
従弟の車を動かして、種火を風からガードしようとしてみるも一向に効果はなし。
仕方なく懐中電灯を照らしながら蛇玉で遊んでいると、ようやく風が吹かなくなりました。
またとないチャンスだということで一斉に噴き出し花火開始。
以降、風が吹いたり止んだりの繰り返しで、もはや風との格闘の1時間半でした。
さらには、風が吹くと火が点けられなくて困るのですが
吹かないとそれはそれで煙が飛んで行かずに橋の下が煙に覆われて酷い状態になると言う。
最後の線香花火は、早く片付けたい小5の従弟がいっせいに点火したせいで
物凄い煙に巻かれて散々の事態になりました。
そういえばなんだかんだで線香花火やらなかったな……。何年振りだろう。

花火終了後は、DSの通信対戦も一度もせず、それぞれが適当に暇潰しをしていました。
状況を打開するべくUNOを始めるも続かず、持ってきたトランプは数が欠けていて使えず、
そのうち従弟が眠気の限界を迎えて寝てしまうと、
この日はそのままお開きの流れになりました。

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