#1978

夜空に咲く花の下に #6


夏休み15日目、祖父母家帰省最終日。

自分含めた全員が10時には起きていたので、祖父母家を出る12時までの2時間
何かをする余裕はあったのですが、結局麻雀を4局打つだけにとどまりました。

その後、従弟が昨日の遊戯王の話題絡みで昔の自分たちのアルバムを見ていました。
そこにあったのは、2001年冬帰省で自分たちが遊戯王をやっている姿……。
カードの方はほとんど見えないのでさておくとしても、
8年前の自分が絶望的なまでにキモくみえるのはなんでだろう?
直視しにくいけれど、この時の自分がどういう意図でこういう格好をしていたのか、
というのが自分だから故に凄く分かる。そして、そのために物凄く不快になるという。
容姿がどうのこうのじゃない、ただ単にデュエル
(遊戯王カードでの対戦の事をデュエルという)している時に
両足を揃えて右側に投げ出して上半身だけ正面を向いているというだけのことなのですが、
その意図を覚えている自分にとっては、それを見ていると物凄く恥ずかしい気になります。

思えばこの頃の自分は自己顕示欲の塊のような存在でした。
いわゆる中二病とでもいうべきか?当時は中一ですが。
この時の心理を突き詰めていくともっと見えてくるものもあるかと思うのですが、
直感的に当時の自分の気持ちになって考えてみると、
ただ、なんとなく、自分の周囲一寸さえよければいい、
無い目からそれを見つめる像が自分にとって正しければいい、みたいな、
要するに他人の目をさておいて自分の好きなものを自分として表現したい欲望を優先して
それを持って自分というものを形成する気になっていた、というのが
多分2001年の自分の考え方なんじゃないかなと。
帰省の時はいつも、その需要の大きさに関わらず自分の好きなものを持って行って、
それを見せびらかす事で自己表現を達成していた気になっていたものでした。
当時持っていった遊戯王カードもその一つ。
この頃全盛だった占有欲もしかり。そのために泣いた事も多々あり。
それを「馬鹿だったな」と言って済ませられれば簡単な話なのですが、
8年前の自分がそれを信条に生きていたということを考えると、
そこまで単純な話でもないのかな、と思ったりしています。

前日の雑談もしかり、昔の自分を知っている誰かと、
自分やそれ以外について話すのは、少なくとも辛くないことがほとんどだと思います。
高校時代は、その事を、“今現在の自分が成長した証”として、
過去の自分が愚かである事を笑えるのは、それを今の自分が超えているから、
だからこそ恥ずかしい思い出でも、要するに奥底で見下すように笑って話せるのではないか、
と考えていました。

でも大学時代に入って、いわゆる少年時代の終わりを体感して、
2000年代前半の自分が根拠もなく羨ましくなってくる。
「あの頃こうしていれば……」というどうしようもない後悔が何かを蝕んでいく。
その何かが今の自分の自信に関わるものなのか、
あるいは過去の思い出なのかは分かりませんが、
それでも、まだまだ10年以上前の事も覚えていて、それを笑いの種にできると言う事は、
……結局過去の思い出というのは何なんだろう。

計画帰省時代を終えて、就職活動も絡んで従弟と雑談する機会が多くなったここ2回ですが、
またかつてのように過去の思い出を引っ張り出す事が、帰省の醍醐味になりつつある……
そんな予感を感じさせられた今回の帰省後半でした。

昼食後、休憩をはさんで祖父母家を後にし、
家に帰る前に母方の祖父母家にも寄ることになりました。
こちらは2人いる従弟との交流も薄く、最近は滅多に行かないと言う事もあって
同じ祖父母家でも主観的には随分とイメージが違うというのが本音。
祖父母に顔を見せるだけという名目だったのでそもそも遊び気分ではありませんでしたが、
とにかく30分ほど、みんなで新潟の日本文理高校vs香川の寒川高校の対戦を見て帰りました。
ちなみにその時日本文理は2-3と負けていたのですが、
自分たちが高速に乗っている間に逆転したようで、帰宅後調べてみると勝ってました。
次は石川との対戦だけど、是非とも新潟に勝ってほしいところ。

4時就寝10時起床と若干短眠だったこともあって、高速の中では4曲分意識が飛びましたが
とりあえず例によって12日に手に入れたメドレーを楽しみながら過ごしました。
帰宅後は、同じく12日に出会ってリベンジしたかったとある本を買うためにTSUTAYAへ。
高校時の登校路を懐かしみつつも、結局買ってしまいました。

さて、そんなこんなで終わった2009年夏帰省。
頭が回らないまま後半帰省の振り返りを書きましたが、
今回は“脱計画帰省初回”的な意味で言えば、かなり反省の残る帰省でした。