もう、四年以上も昔の話になる。
大学受験を控えていた僕が抱えていた問題は、学科を何にするか。
“自分からゲームという趣味を取り除いた時に残るものは何なのか”
という、就活妄想の頃と似たような悩みを抱えていた。
2002年以前なら、本当に自分からゲームを取り除いたら何も残らなかったはずだ。
ところが2006年当時の自分には、ゲームをとっかかりとして派生した
もうひとつの趣味を自覚していた。
それが、今でこそ衰退の危機にさらされてはいるものの、
当時はきっと一生続くだろうと考えていたこのブログだ。
中二病全盛の感性を活かして詩を書いた。
担任やラジオのDJ、叔母といった人達に認められ、
照れながらもそれが自信に繋がっていった。今では考えられない事だ。
ただ、詩を書くために文学部を選んだわけではないつもりだった。
当時の自分にしてみれば、“文学部しか知らなかった”
という主張があった可能性も否定できない部分はあるのだが。
詩という形は、創作意欲を消化するための一手段に過ぎない。
受験が間近というところに迫って来た頃に、僕はもう一つの手段の事を考えていた。
それが、未だに1エントリーに留まっている“小説”という手段だ。
しかしそれもやはり一手段に過ぎない。
僕は、おそらく物心ついてまもなくから今日まで、二つの軸を元に生きてきた。
ひとつは、エンターテイメントの楽しみ方としての創作意欲があるという事、
もうひとつは、その表現手段を選べないという事。
センスがあるのかどうかという事は別として、
僕は随分と長い間、自己満足の手段として何かを作る事という事に対して
それなりの興味関心を抱き続けてきた。
が、それがキャリアになったかというとそうでもない。
何故かというと、選べないからだ。
そんな自分が文学を選んだのは、言葉というものが、
物事を表現するための最小単位であって、最も簡易に表現する事ができるから、
と思ったからだった。
極簡単に言えば、“これなら自分でもできそう”という理由があっただけに過ぎない。
しかし、今改めて思えば、言葉というものの重要性に限って言えば
今でも納得できる部分があるような気がする。
大学入学以来、教授や講師がそう言っていたわけではないが、
本などでは言葉を覚えることの重要性を書く人とは何度か出会った。
そのたびに、ああ、自分が大学入学前に考えていた事は間違っていなかったんだ、
とも思った。結果論ではあるが、
これを文学を学びたいと思った理由のひとつとして考えてもいいだろうと思っている。
しかし、それらはあくまで表向きの理由で、
裏では、未だに達成されていない、自分の中のある創作世界を
なんとかして形にしたかった、というのが本音の中ではすべてだったりする。
とはいっても、それは自分にとって自分の全てと言ってもいいほど、
今でも大きな意味を持っている。多分一生持ち続ける世界だと思う。
それをこれから作っていこう、という気概が、大学生活開始前には確かにあった。
そして四年が経った。
僕は何も変わらなかった。
本当に変わらなかったのかと問い詰められると、確かに変わった部分はあろうが、
文学部を選んだ理由を忘れて、日々呆然と過ごしていた事は否定できない。
それ以外の非充実に関するさまざまな事は学部学科とは関係ないだろう。
……実際、僕の創作意識は水面下では日々脈々と受け継いできたつもりではある。
ただ、最小限の創作として選んだ“言葉”という形でさえも、
それを表現できなかったのはこの四年間の罪だと思う。
それでも、この学部に来たことを心底後悔していないのは何故だろう。
専門科目よりも、哲学や心理学といった教養科目の方が面白かった。
好きなものほど否定されるのが怖い、
という立場から文学の道に来たことを後悔したこともあった。
が、それも結局衝動的な思いに過ぎず、代わりの学部を思い浮かべたわけではない。
それほど代わりというものを思いつく事ができないのかもしれない。
いつの間にか僕は、大学院の研究科もほぼ同じような道を進んでいる。
必然だったとは思わない。
それでも、文学という窓から世界を見てみたいという気持ちは、まだある。
それを実行にまるで移せなかった四年間を糧に、
多大な親不孝やその他諸々と引き替えに得た追加のモラトリアムで、
この道に進んだ本当の理由というものを探したいと、うつろに思っている。