#2836

短絡的な衝動


今日の出来事 自分

ブログ的にはぽっかり空いた一日となってしまったわけですが、
こういう日を迎えるたびに、
果たして本当に毎日埋めていく意味はあるのだろうかと考えてしまいます。
一旦穴が出来てしまうと油断するとすぐに穴は広がってしまうし、
日にちが経てば経つほどそれを埋めるための心理的負担は大きくなっていく。
自分で自分に課した枷なのだからそれを解除すればすべては解決するのでしょうが、
もしそれで不定期更新になったら、再三書いているとおり、
今のようにブログ投稿が不安定になった瞬間にブログ自体を辞めるのは目に見えています。
心がポジティブなときに復帰したいと思う気持ちは湧き出てくるでしょうが、
そうなると本当にポジティブなときだけにしか書かなくなり、
それが続けば「ポジティブなことしか書いてはいけない」というような抑圧がかかって、
徐々にポジティブな話題でも書きにくくなっていくのではないかと。

要するに、こんな感じで毎日投稿を義務付けているからこそ、
どんな一日を書き残しても平凡以下圧倒的多数の記事に良い感じに埋もれてくれるわけで、
それが結局のところ自分にとっての発散場所として上手く機能しているんじゃないかなと。
だから、書くことに抵抗感が多少あっても穴を埋める意味はあるのだと、
今までは信じて来れた節もあると思います。

こんな風に長期的に放置される記事が何本も溜まってしまうたびに、
果たしてそれが間違っていないのかと考えてしまうのは、
そういう自分自身に必要な欠片だからだとかといった長い目で見た理由よりも、
目の前にある課題から逃げたいという気持ちの方が勝るからなんでしょうね。

なんだか修論にも通じる話題のような気がしますが。
修論や大学受験と比べれば、ブログ存続の問題は自分で納得できる理由が一応あるだけ
まだマシなのかも、と思ったり思わなかったり。

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