#2919

話すことの自己評価


春休み4日目。

かなり久々に4人でskypeをしていました。22時半頃から04時半頃まで。
例によって、他人のプライバシーを書くのは憚られるし
かといって自分のことを「こんなことをskypeで話してました」
というような形でわざわざ書くような事を喋っていたわけでもなく、
これといって話題はないのですが、そういいながらお喋り後の感想みたいなものは
大きく分けて四つほどあったりします。

一つ目。
大体、3人以上で話すときに高確率で話題になる音楽の話。
いつもの3人だと、暗黙の了解なのか、他の2人が自分には興味のない人達なのか、
自分が聴く音楽の話にはまず触れないで終始J-POPの話をしているのですが、
そこへ今日は4人目が来たことで、その4人目に「どんな音楽を聴いているのか気になる」
と言われました。01月31日に書いた“滅多に起こらない事”が起きてしまったという。
さて、どのジャンルをひけらかそうかと大分悩みました。
選択肢はオルタナロック、アニソン、ゲームサントラ、音ゲーサントラ、
テクノポップ、エレクトロニカの6つ。
あるいはその細分類も加えると数十になるわけですが……。
基本的に自分は音楽の話になったときは、
「みんなが聴いているような大衆音楽には興味がない」
的な立場を貫く事にしていて、でもあまりにそれをハッキリさせてしまうと
何か距離を取っているんじゃないかと思われるのも嫌なので
結局ぼかして曖昧にしてしまうのが無難かなと思っていたのですが、
こうやっていざ聴かれてみると、
ぼかすための選択肢がないように思えてくるんですよね。

別に相手と友好関係が希薄だから云々、というようなためらいはないにしても、
なんとなく話がすぐに流れていくような予感を感じたので
一番好きな電子音楽系のジャンルは話しにくいし、かといってゲーム音楽も……
ということで、結局オルタナティブ系のバンドをチラホラを言っただけで終わり、
大衆音楽好き(?)な友人との見解の違いを明らかにすることはできませんでした。
別に対立したいわけではないのですが。
いや、もしかすると対立したいというか、距離を取りたいという気持ちはあるのかも。
こと音楽趣味については。別に友人の音楽に対する考え方を排斥したいとかではなく。
なんなんでしょうね、この気持ちは。
ただひとつ言えるのは、こういう時の無難な選択肢のために
今までオルタナティブロックを聴いてきたつもりはないわけで、
咄嗟とはいえそっち系のバンドを口にしてしまったのはかなり不本意でした。
かといって他の選択肢の方を選んだ方が賢明だったかというと、また微妙ですが。

二つ目。
いつも話している3人とは、おおよそツッコミ役とボケ役が確立していて、
自分はその傍観者であるつもりなのですが、どちらかというと
ツッコミ役の方に近い立場を取る事で
本能的に突っ込まれるのを回避しようとしている感じです。
上手いボケをかますことが苦手なので、そういうコミュ力不足から
必然的な立場ではあるのかなぁとは思ってます。
ところが、ボケ役に従事している友人は、
しばしばその立場に自分が立っていることを本意に思っていない部分があるらしく、
一時期はつっこみ役をしている友人に「おまえ、俺のこと嫌いなの?」
というほどの勘違い発言をしてしまうほどでした。
本当に嫌っているようには見えなかったので、
ただ単に突っ込まれ続ける事に耐えられないんだろうなと、その時は思っていました。

しかしこのボケ役の友人というのは、ちょうど6年前のバレンタインデー事件で、
6年前の自分がD君と呼んでいた、高校クラスメイト内最大のいじられ役がいたとき、
当然のように突っ込み役の方に回っていたんですよね。
今の自分の立場に近かったような、そうじゃないような。
それをいきなり、去年秋に会った時のこの話で盛り上がると、
傍目から「あいつら酷いことしたよな……それで笑ってられるのが信じられねぇ」
と、かつて自分と同じ加害者だった人達を非難するような口ぶりを見せて、
ちょっと立場の不安定な状態を垣間見せているような節がありました。
なぜ彼の不本意のままに会話がボケとツッコミで成立してしまうかというと、
単純に彼の会話にツッコミどころが満載で、他3人からしてみても
いろいろとツッコミたくなるような会話になってしまうからで、
元を辿ればボケている方が原因として大きいはずです。
簡単に言えば、この友人は“結論を最後まで引っ張りたがる”癖があって、
例えば「好きな動物は?」と聴かれたら、「ああ、俺は昔はシマウマが好きだったんよ。
でも中学校の時にあんな事があって好きじゃなくなって……
その後高校の時に犬を飼い始めたんだけど、
ちなみにこの犬はゴールデンレトリバーっていう犬種で凄い賢いんだよ。
もう結構でかくなってて……」と延々に引き延ばされていくので、
聴く側としては「なるほど、つまり犬が好きなんだ?」
と、途中でカットをついつい入れたくなるような会話をする友人なんですよね。
端的に言えば、ツッコまないと止まらない語り口調でありながら、
本人におそらくその自覚がなく、しかも一方的に突っ込まれる事を嫌がっている、
という事になります。あくまで第三者的な感想でしかないですが。
当然ながら、これまでskypeを何度もやってきている中で、
決して自分語りばかりで聞く耳を持たないタイプではないという事も分かっているし、
本人には悪意はないはずです。

仮にこの事を本人に言ったところで、
今更ボケとツッコミの立場が逆転するというような事は
いろんな諸事情からして難しいと思いますが、
せめて本人が不本意に突っ込まれることで不快感を感じるという事態をなくすために
第三者として何かしてあげれれば……とは微かに思っています。
まぁ、本人の許可を取らずにブログでこんなに詳細に書いている時点で
あまり協力的とは言えないのかもしれませんが。
一応匿名で貫いてはいるので勘弁してください。
ボケとツッコミと笑いはある程度の信頼関係の上で成り立っているもののはずなので、
現状でも悪くないとは思うんですけどね。
突っ込まれ続けるというのはそんなに辛い事なんだろうか……。

三つ目は今度は自分の話です。
その友人が01時頃にログアウトしてから、三人で04時過ぎまで会話していたのですが、
今度は自分のコミュ力の欠陥が露呈することとなりました。
これは前々から思っていた事で、要するに自分は奇数人での会話が苦手みたいです。
2人ならなんの遠慮もなくしゃべれるし、4人でもなんとなく会話には参加していける、
でも3人になった途端、それぞれの温度差というものを感じ取らざるを得ず、
結果的に最も温度が低い自分の口がだんまりになってしまうという。
3人になるといつも自然と自分が知らないようなカテゴリの話になって
段々付いていけなくなったりして、
2人の対話をほとんどラジオのように聞き流すような事も過去に何度かありました。
そういうわけで自分の場合は上述の友人のことをどうこう言えないくらいに
本来4人の中でダントツに低いコミュ力を持っているわけですが、
ボケが下手でそういう明るい人間性も持ち合わせていないため、
黙っているからといってネタを振られる機会というのも滅多にないわけです。
そういう場合、二人の会話に横やりを入れない限りは会話に参加できず、
なんだか妙に自分が使い慣れていないエネルギーを使わないと
会話できないような感じがして、もやもやしてしまうんですよね。
そういう意味では、友人間で完全にキャラクターが確立しているボケ役の友人は
自分からしたらちょっぴり羨ましくもあったりします。

四つ目も自分の話で、
4人目の友人がスマートフォンからSkypeに参加していたのですが、
そのAndroid版Skypeの仕様なのか、イヤホンマイクの不具合なのか、
その4人目以外の3人の声が数秒後に反射して返ってくるというような状況で
今日はずっとSkypeをしていました。
なんというか、人の声は自分が出している時に骨を伝って聞こえてくる音と
実際に相手に聞こえている音は大分違う(後者の方が低い)と聞いた事がありますが、
反射した自分の声を聴いて、こんな声だったのか……と思うと少し落胆しました。
なんというか、もちろん反射の過程で小さくなっていったのでしょうが、
思った以上にボソボソしていて低いんですよね。
昔からハッキリと言わない子供としていろんな大人に注意されてきて、
大学時代以降で徐々に改善してきたつもりではあったのですが、
こうやって反射した声を聴かざるを得ない状況に置かれると、
コミュ力のみならず自分がどんな声を出しているかという事も分かってきてしまって、
なんだか鏡に向かって喋っているような感じがしていました。
これに実際に会った時は身振り手振りと顔や身体の状況が加わるわけで、
そうなると自分は一体他人にどう見えてしまっているんだろうなぁ……。

さてSkypeの話はこれくらいにして、春休み4日目のこの日は23時就寝09時起床。
昨日は昼間の眠気を耐えたと思っていたのはやはり夢の中だったようで、
ブログを書き終わった後、すんなり眠れるかと思いきや全く思い通りにいかず、
あげくの果てにはiBooksで読書を始める始末。
そんな風に夜中に本を読みたいと思ったのも随分珍しい事でしたが、
これが結果的に日中の図書館生活のきっかけにもなりました。

さすがに4日目という事で、起床後まずは修論のために図書館へ行こうという事へ。
しかし行き道を歩いた疲労感からか、ネガティブ思考が働いてしまい
最初の数十分は全く頭が働かない状態に。
仕方がないので、図書館を歩き回って
適当に興味のある(専攻とはほとんど関係のない)本を5冊ほど取って、勉強机へ。
こういう時のために作っておいた読書用アンビエント音楽プレイリストを再生しながら、
それらを並行して20~30ページほど読むという事を
気が付けば3時間半ばかりも費やしていました。
図書館に到着したのは16時頃で、
閉館が22時だったので時間はたっぷりあるとおもいつつ、
修論のことを忘れてのんびり読んでいたら、時間とは別に空腹という障壁にぶち当たり、
1時間ほど空腹を我慢しつつも読み続け、
結局20時頃にギブアップすることにして、じゃあ帰るかというところに
Skypeの誘いの電話が来て、
帰宅後は速攻で夕食を食べて延々会話していたというわけです。
読書もSkypeも、他人の話を聞くという点では共通していて、
それは普段の自分にはかなり縁遠い要素のひとつでもあるので、
そういう点では結構珍しい一日だったんじゃないかなと思います。
にしても、図書館で数冊かかえて引きこもるのは案外すんなりできたからいいとしても
今度は空腹という障害があるのはかなり深刻かも。
テスト期間も終わったというのに図書館内の勉強机は今日もほとんど埋まっており、
そういう状況で食事のために席を空けるのは面倒だしリスクもあり、
しかも学食は今は夕食時間帯にはやっていないそうで。
本を借りれば万事解決なのでしょうが、それはなんとなく躊躇われるんですよね……。
図書館だからこそ読めるというのもあるだろうし。

ちなみに昨日の夜中に読んだ本というのは
梶井基次郎の『檸檬』という短編小説で、
そういえば高校だったかの教科書に載っていたなぁと懐かしんで読んでいたのですが、
なんというか天性の才能としか思えない表現の巧さに
妙に感動してしまって、それが読書のきっかけになったように思います。
他人の文芸作品に感動するだなんて何年ぶりだっただろうなぁ……。
案外、もっと探せば自分を雪道の中図書館へ駆り立てるような本が
実は沢山隠されていて、今の自分はそれを探せてないだけなのかも、
と思った一日でした。ところで修論の話はどこへいったのやら。

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