#3001

空想の世界 -後編-


創作


私は、相変わらず暗い大通りを延々と歩く内に、なんだかひと気のありそうなあの光が、
単にこの大通りの直線上にあるわけではないという事を知った。
どういうわけか、光は私が進むほどに左右にずれていき、
私は分岐点が来るたびに方向を変えざるをえなかった。
そんな調子で一時間も歩いていると流石に疲れてきた。
どうにかして座って休憩したいと思い、脇に立ち並ぶ店を眺めながら歩いていると、
以前両親に連れられて入ったことのある家電量販店を見つけた。
もしかして座れる場所があるかもと思い入ってみると、店内は比較的広いにも関わらず、
入口から月の光が満遍なく入ってくるせいか、それなりに明るかった。
なんだか泥棒をしているような気分にもなったが、そんな感情に構ってはいられない。
私は縦横無尽に歩き回った。
誰も居ないのにものが売っているのは、なんだか神秘的のような気がした。
やがてドライヤーなどを売っているコーナーの脇に
一台だけ巨大なマッサージチェアがあるのを見つけて、何かを考える前にそれに座った。
座っていると、なんだかこの世界には私一人しかいないような気がした。
と同時に、この場所に人が全くいない保証などない事に思い至ると、急に不安になった。
その事を訊ねるために、ポケットから携帯を取りだそうとしたが、
ポケットの携帯はいつの間にかなくなっていた。

私はまた急に恐ろしくなって、さっさと店から出ることにした。
出口付近の携帯売り場で、一台だけランプが光っているのを見たときは
危うく心臓が止まるかと思ったが、もしやと思ってそれを手に取ってみると、
中に入っていたメールはまたしても私宛てのものだった。
『なにか疑問が浮かんだら貸してね』
私はそれを見て嬉しくなったが、
同時にこの店から持っていくわけにはいかない事にも気が付いた。
これを持ち出して、出口のゲートで警報が鳴り出しでもしたら私は失神するだろう。
私はその場でメールを打って送信した。
『この世界は私以外に誰かいる?』
先ほどよりは時間はかからなかったが、それでも十数分はかかったと思う。
それに対して返信を待つ時間は数秒しかかからなかった。
そういえば、このメールの送り主を訊けばよかった、とその時思ったが、
今は誰かいるかもしれないという恐怖心を何とかする方が先だ。
返信メールの本文には、
『だいじょうぶ。』
とだけ書かれていた。
私はなんとなく、メールの送信相手の得意げな顔を思い浮かべた。
大丈夫、ということは、私が不安がる必要がないということ、
つまりここには私以外の人はいないという事だ。
こういう回りくどい回答をする友人を一人、私は知っている。
明日学校へ行った時にでも訊いてやろうと思った。
それまでは正体が分からない振りをしてみるのも面白い。
私は軽い足取りで店を出て、再び光の果てへと歩き出した。

露骨にも、街路樹の枝に着信ランプの点滅した携帯が吊されている。
私は勇んでそれを取り上げると、メールを確認するためにボタンを押した。
いわゆるスライド型の携帯で、先ほどのものと比べると随分画面が大きい。
私はいつの間にか自分の秘密基地を探検しているという自覚は潰えていた。
その代わり、こうやって行く先々に携帯を置いていく誰かさんの
掌で踊らされている事を楽しもうとするようになっていた。
不思議と、そう自覚するようになってから
この灰色の街が急に自分に馴染んでいくような気がした。
まだ確信のないメールの送り主を、私がどこかで信用したいからかもしれない。
メールの中身はいつものような内容ではなかった。
タイトルに『■ サイコロの使い方』とある。
『この携帯を拾った方は、一気にゴールに近付くチャンスです!
 携帯に付いているストラップのサイコロを地面に投げると、
 あなたの目的地がシャッフルされ、大幅に距離が縮まるかもしれません。
 (ただし、6の目が出た場合のみ距離が遠くなります)』

なるほど、ここはそういう世界なのか。
もっと複雑怪奇で、怖いものも潜んでいると思っていた私が馬鹿らしくなってきた。
携帯にはしっぽのようにストラップがいくつか付けられており、
その中に確かにどう見てもサイコロと呼べるものがくくりつけられていた。
サイコロの目はぼんやりと白く光っている。
私は、それをストラップホールから丁寧に取り外すと、
キーチェーンが繋がったままのサイコロを、少し遠慮がちに放ってみた。
すると、その大きさからは考えられない乾いた反響音が、見渡す限り鳴り響いた。
何の目が出たのかを把握する前に、サイコロの目から出た光は消え、
そして次の瞬間、目の前の光が私を中心にゆっくりと反時計回りに動き始めた。
瞬く間にそれは分身して見えるほどの早さになり、数秒後突然消えた。
まもなくして、最初の位置に光が現れた。とりあえず、方向は変わっていない。
これははずれだったのだろうか。私はもやもやしつつも、再び光の果てへと歩き出した。

あのサイコロのルーレットが当たりだったと気が付いたのは、
さらに三十分歩いてからだった。
光が段々大きくなり、辺りの景色が少しだけ明るくなっている。
私は、それに気が付いてから、ようやくゴールが近付いてきたのだと思い
早歩きで歩いていたが、それ以上まるで景色が変わらないまま数十分が経ち、
疲れてしまったので道路脇のベンチで休むことにした。
すると、いつの間にかポケットに知らない携帯が入っていることに気が付いた。
今度のはいわゆるボタンのない携帯で(スレート型と呼ばれているらしい)、
画面は私の掌に匹敵するほど大きい。
今までと違うのはボタンがないだけでなく、新着メールが一件もない事だった。
使い方がさっぱり分からないが、地図のようなアイコンがあったので押してみると、
現在地とおぼしき場所に中心点が置かれた地図が表示された。
光の果ての方を見てみると、あと2km歩いたところに何やらピンが立っている。
私はここで、今日初めて肩の力が抜けたような感覚を抱いた。
すごろくは、ゴールが見えて始めて面白いと感じる。
さっきまでの不安は、それがなかったからだったのだということを、
頭の中で反復しながら私は歩き続けた。

ほどなくして、初めてこの大通りの突き当たりが見えてきた。
車道は完全に通行止めになっており、歩道が逆Uの字を描くように繋がっている。
光は、突き当たりに立ち並ぶビルの真ん中にこじんまりと建っている、
場違いな一件家の屋根から立ち上っていた。
私はその一件家に見覚えがあった。
まぶしさに目を細めながらその中に入ると、家の中は案外暗かった。
一本道の廊下をくぐって部屋に入ると、
そこは天井に豆球が光っているだけの暗い八畳くらいの和室で、
中央に見慣れた炬燵がある。そこはさっき私が過ごしていたはずの部屋だった。
炬燵の中は、私がうたた寝しかけた時のぬくもりがそのまま残っていた。
私はすぐに炬燵を出ると、地下一階から一階に伸びているはずの階段を、
ゆっくりと踏みしめながら登っていった。
何もかもが信じられない今、ここだけは確実であってくれないと困る。
階段は天井まで伸びており、私は軽く頭をぶつけたところで止まった。
そこからおそるおそる天井の隙間に手をかけて押し上げ、
頭だけ出して外を見てみると、そこは二階にあるはずの私の勉強部屋だった。
部屋に出てから真っ先に時計を確認した。
時計は、私が日誌を書き終えて確認した時の時間からそれほど経っていなかった。
はっと思い出して服のポケットを確認してみると、携帯はなくなっていたが、
代わりに何か小さいものがあるのに気が付いた。
私はそれをそっと勉強机に置いて部屋を出て、転ばないように階段を降りきってから、
振り向いて四段目と五段目の間を確かめた。
そこからは光は漏れておらず、押しても引いても動かないただの木の板になっていた。
私は玄関側の部屋からカバンを取り上げて、そのままリビングのドアを開けた。
まぶしさのあまり目を細めたが、部屋に新聞を読む父親がいるのがすぐに分かった。
私は片目をぐしぐしとこすって、寝惚けた振りをしながらいつもの炬燵机へと向かった。
「遅かったじゃない、何かあったの?」
台所から声が聞こえた。
「なんでもない。……あ、ううん。日直だったんだ」

私の部屋の勉強机には、ほんのりと白い光を放つサイコロが置かれている。
あの子にこの事を話したら、作り話だと笑うだろうか、
それとも真剣に聞いてくれるだろうか。
あるいは、わたしが作ったんだ、と告白するのだろうか。
誰の作り話でもいいから、明日はこのことを話そう、と思いながら、
私はその日の夕食を待ちわびていた。

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