#3033

運び疲れた話


ゲームのプレイ日記 独り言


僕は、一番好きなゲームはと聞かれたら多分『ピクミン』と答える。
総プレイ時間の上ではポケモンシリーズ、費やした金額ならBEMANIシリーズ、
上達までの必死さの度合いで言うなら『メテオス』など、
いろいろな方面から浮かび上がってくる“一番”は存在する。
しかし、ピクミンだけは何故か別格のように感じる。なぜだかは未だに説明できない。

ピクミンと最初に出会ったのは、ニンテンドーゲームキューブ発売当時、
店頭体験版で遊んでいた2001年末頃だったと思う。
まだまだ幼かった当時、自分だけの小遣いでゲーム機本体を買うのが無謀だったため、
ゲームキューブが我が家におかれたのはこの後の年末年始になってからだった。
同時購入ソフトはスマブラDX。
当時はこれさえあれば退屈をする事などあり得なかったし、
このままきっかけがやってこなかったら
ピクミンに手を付けるのはもっと後になっていたのではないかと思う。

2002年03月、本当に些細な理由で家族間の割り勘で『ピクミン』を買う。
今となっては思い出せないが、CMソングか何かで親にまでピクミンの名が知られて、
こんな面白いキャラクターが出てくるゲームなら興味があるからと、
親にソフト代の半額を出して貰ったからだとか、本当に些細な理由だったと思う。
最初は30日以内でのクリアはできず、
回収パーツ数21個でゲームオーバーとなってしまう。
それでまた最初からというシビアなシステムに驚いた記憶がある。

次にプレイした時は22日で30個を回収し、初めて正式にクリアする。
この初クリアで、このゲームの醍醐味である効率の良さの追求を体感した。
多分、ピクミンに本当にハマったのはこの時だったんだろうなと、今は思う。
それでも当時は下手くそで、
チャレンジモード“遭難地点”で200点も行けばいい方だったし、
攻略本を頼りに本編12日クリアに挑戦するも大水源に到達する辺りで心が折れてしまい、
ゲームボーイアドバンスを買う頃にはほとんどやらなくなっていた。
しかし、この頃には、今自分がピクミンを好きだと思うこの感情が、
すでに出来上がっていたような気がする。
次回作を期待するあまり二次創作のような事もして、
それが4年後の気まぐれの種になった。

『ピクミン2』が唐突に発表されたのを最初に見たのはゲーム情報誌だった。
その後公開されたプロモーション映像で、
切り株の上にヤキチャッピーが寝ているのを見た時、
このゲームはまだこんなに進化の余地を残していたんだという期待感が、
子供心をさらにくすぐった。
時間無制限の“ダンジョン”が登場すると聞いた時、
想像力を沢山働かせて、きっとこんな風だというのを毎日のように予想した。

二作目には30日以内でクリアしないといけない、という制約がないため、
初週でクリアしたが、それでも40日以上かかっていた記憶がある。
この『ピクミン2』を舞台として、いつか最短クリアをしてみたいと思ったのは
翌々年の2006年末、ちょうど動画サイトが普及し始めた頃の時期に観た、
ある海外プレイヤーのプレイ動画を観たのがきっかけだった。
さらに翌々年の2008年春、自分で決めたゴールである92匹最短日数クリアを果たす。
時間との戦い、その中でいかに仕掛けや敵を把握し効率よく采配をとるか。
そしてプレイヤー(オリマー/ルーイ)をどのように動かしていくか。
『ピクミン』にはアクションやシミュレーションなど、
あらゆる要素がつまっている。そんな事を、やり込みプレイの中で感じていた。

この頃までの、自分のピクミンシリーズに対する気持ちは純心だったと思う。
純粋に三作目を見てみたかったし、それを期待する気持ちというのは、
他の人よりも勝っていた自信があった。
あのサイトを立ち上げた時は、先代特設サイトのようなコミュニティを
別のゲームで作り上げたいというだけの気持ちが先んじていたため、
ゲームタイトルを決めたのはその後の事だったが、
それでもこのシリーズをテーマに決めて後悔した事は一度もなかったし、
それも純心故だったのではないかと思う。

ところが、2009年頃からゲームに対する自分自身の意欲が怪しくなってくる。
いわゆるハンティングアクションゲームの流行や、
親戚間でのトレーディングカードゲームのブームなど、
身の回りではいつものようにゲームに関する文化が渦巻いていたし、
自分もそれに乗ったつもりではいたが、
“ゲームそのもの”をがむしゃらに愛する事に対して急に疑問を向けるようになった。
もっと平たく言えば、ひとつのタイトルを“極めよう”という気持ちがなくなった。
これは、この年にハマったDSiウェアタイトル群や、
翌年のiOSゲームタイトル群などの、もっとカジュアルで小さなゲームが、
自分の中で主体となっていった事と関連性があるのだと思っている。
加齢によって、昔から自分が名作だと思っているものをひたむきに大事にし続けるより、
もっと体系的な何かの方に目を向けたくなっていったように思う。
そうでなければ、ゲームにハマり続けられなくなっていたからだ。

『ピクミン2』発売から8年、E3 2012。
任天堂カンファレンス冒頭で登場したキャラクターは、ピクミンたちだった。
『ピクミン3開発を望む同盟』設立から実に六年目にして悲願が叶ったことになる。
とうとうこの時が来たんだ、という嬉しい気持ち、焦燥感、
あるいは前作発表時の時を懐かしく気持ち、そんな思いが錯綜する中に、
一方で確実に、ピクミン最新作が発売する頃の自分が、
今やそれを全身で受け止められない年齢になってしまった事を悔やむ気持ちがあった。
大人になるとゲームが下手になる、という事を盲目的に信じているわけではない。
しかし、“慣れ”によってゲームそのものを飽きやすくなってしまった事は否めず、
その垣根をぶちこわすほどの心理的余裕が今の自分には足りないのは事実だ。
こんな歳になったけど、楽しめるかな?
という疑問を解消するところからゲームが始まる。
その時点で、今の子どもたちとは一定のハンディキャップがあると言っていい。

2009年末の運営サイト衰退の頃から、
僕は、『ピクミン3開発を望む同盟』を設立した本当の目的が、
自分自身がピクミンを遊びつくすためではなく、
次の世代にピクミンを知って貰えばそれで十分なのではないかと考えるようになった。
彼らなら、きっと純心のままに三作目も遊び尽くしてくれるだろう。

もちろん、自分自身でも遊ぶ事を諦めてはいないし、
今年の後半期は、そこに向かって努力するのがひとつの指標になると思う。
そして、8年待ち続けた『』に、
こんな自分さえも純心に引き込む魅力がある事を期待したい、とは思う。
ただの懐古熱ではない、殻を破りたいという望みを、
八年目の真実が刹那にかなえてくれそうな、そんな気がしている。

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