#3049

鏡に映らない心


今日の出来事 自分


去年秋頃から続く歯医者通い。
思えば冬の間は豪雪の中延々歩いて通って、
そして治療では2010年の時の虫歯とは比較にならないレベルの激痛が走り、
時には痛さのあまり少し涙が出るような治療が延々と続き今回は11回目。
前回は03月だったので、今回は実に3ヶ月ぶり。春帰省で通院できなった時、
一旦予約はしないで、実家から帰り次第再予約を入れるという事になっていて、
一応カレンダーにも04月02日に再予約の事を書いておいたはずなのですが、
年度開けで忙しい上に、例の睡眠リズムとメンタル面の問題もあるからと
なんだかんだで言い訳し続けた結果、なんと2ヶ月も放置してしまい今に至ります。
前回の治療から3ヶ月目にしてようやく再予約を入れる決断ができたのは、
虫歯の穴を塞いでいた仮蓋が先月中旬頃にいつの間にか取れてしまっていて、
これを放置しておくとヤバいんじゃないかという危機感から。
もし、仮蓋がちゃんと入ったままだったらもっと放置していたのかもしれません。

前回までの流れから察するに、今治療中の部分もあとは型を取って埋めるだけのはず。
最初に言われていた二本の虫歯は、今回治す歯が最後の一本だったので
比較的気楽に病院に行ったのですが、
現実はそんなに楽観できる事態ではありませんでした。
なんでも、担当医によれば仮蓋が取れてから長い間放置していたのがマズかったようで、
このままだと歯一本丸々、もう虫歯の進行を抑えられない可能性があるとかで、
銀歯を刺すか、あるいは可能な限り削って埋めておいて様子を見るか、
という決断をいきなり迫られて、つくづく放置していたのを後悔しました。
とりあえず後者を選択しましたが、病院通いは今後もまだ続きそうな雰囲気です。

そもそもこの歯医者通いがそうなんですが、
自分がいつも後悔する時の原因のほぼすべては
“面倒くさいから明日でいいや”という怠惰心に行き着く気がします。
一人暮らし、勉強、人間関係、趣味、などなど、おおよそすべてが、
結局は今日やらずに明日に回す事で、自分の可能性を狭めているんじゃないかと、
こういう時につくづく思います。
ただ、だからといって短絡的に“行動力がすべてだ”とも言い切れなくて、
この辺は非常に難しいところではあるのですが、
現状が自分の自立心を蝕んでいるのはまず間違いないと思います。

今の自分は、今やるべき事を明日に回して保留をくりかえし、
その保留から今日のタスクを選ぶ事が習慣化していて
それが自分のスタイルだとも暗に思い込んでいる節があるような気がしていて、
まずはそういう、いわゆる自分らしさのマイナス面をどうにかするところからなんですが
大学院生活を過ごしているうちに、
この自分らしさというやつは自分一人では変えようがないという事を
薄々感じつつあり、これもまた非常に難しい問題だなとつくづく思います。

要するに環境が自分を作っているわけで、自分を変えたいなら環境を変えればいい。
今の自分は、大学では他人の眼からある程度自制した生活を送れる一方で、
一人暮らしでは誰の監視もなく、徹底的に堕落した生活ができてしまう環境にあり、
また実家帰省なんかは、兄弟間で遊ぶのを第一とする風潮を捨てられずに、
さらに勉強などがしにくい環境になっていると思っています。
計画立ての環境をなんとかするために、図書館に行くべきだとかなんとか、
今までにも何度か環境を変えようと考えた事はありましたが、
上手くいった日は一年に数えるほどしかないというのが現状。
その原因には、結局計画の先にあるものが孤独の戦いだからなんじゃないか、
というのが、ここ一~二年ほどの、趣味の衰退に対する自分の考えです。
昔みたいに、自分さえ楽しければそれでいい、という段階では満足できなくなっている。
だから、去年一年間は本当の意味での友人というものに随分思いを馳せていましたが、
そんなのはちょっとした意識改革で手に入るものではないわけで。
大学院の友人とは、もちろんゲームなんかの話で意気投合する事もあって楽しいのですが
そうじゃなくて、いわゆる好敵手みたいな相手じゃないと
今の自分のモチベーションには繋がっていかないのかなと思っています。
これって、人間関係に対する高望みなんでしょうかね……。
あるいは、自制心に対する諦めと責任転嫁とも言えてしまうと思いますが、
何にしろ今の自分がこのまま過ごしているだけだと、
今回の虫歯のような不幸が次々に起こってくるのはまず間違いないかなと。
人の目を気にする気持ちがそれをある程度未然に防ぐ武器になるとしたら、
今のところ、偶然のきっかけに身を任せるしかないのか……。
「自分を客観視する」って、それを一人でやる事なのかなぁと最近よく考えてます。
そんなのが簡単にできたら苦労しませんよね。

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