#3168

ぶかぶかな知識


文化


“読書の秋”にあやかろうという気持ちは全くないんですが、
最近ちょっとずつ今年01月~03月頃の読書欲が復活しつつあります。
自分の中に存在する読書に対する壁についての考え事は過去二回書きましたが
(参照:#2427「読書の話」2010年10月16日#3055「誰が為に本を読む」2012年06月27日)、
これらをひとまとめにして自分の読書に対する壁についての結論を言うなら、
それは、本そのものに興味があったというより
“この本を読むのが自分にとってはより自分らしい”という気持ちが先行していて、
しかも自分の中にある“理想の自分”と実際の自分との食い違いが存在するせいで、
おそらくは“理想の自分であればこういう本は読んでおきたい”という気持ちと、
実際にその本へ興味があるか否かという教養レベルとの間に段差があって、
その段差こそが「読書に対する壁」だったんじゃないかなと、今は思っています。
今日読んでいた本にたまたま“セルフ・アイデンティティー”という言葉があって
それでハッとしました。多分、2010年時点ではまだそれに気付いていなかったし
流行の新書を買っていた2006年時点も同様だったのでしょうが、
2004年はそういった理想の自分になりたいという気持ちを
「知識の量」という物差しで計ろうとする知恵が多分まだなくて、
本当にただ純粋に身の丈にあったものへの興味として読書をしていたからこそ、
後の5年間のブランク時代の自分が到底真似できないような
読書ブームになったんじゃないかなと思います。
このことは例えば勉強法なんかにも応用できそうで、
受験時代の自分に教えてやりたいところですが、時既に遅し。気付くのが遅すぎました。
そうなると、いつだったかに“独り言”で取り上げた
難読の書物を読もうとした時にぽやーっと気持ちよくなるあの感覚は、
理想の自分に近付いたという幻想のためだったのかもなぁ……。

それはそれとして、冒頭に書いた通り今日はひょんなことから読書欲が湧き出てきて、
その勢いで書店で目に止まった小説を買ってしまおうかと考えたのですが、
それと同時に読破していない書物が山積みになっている事を思い出して、
今日のところはとりあえず思いとどまってそのまま帰宅しました。
帰宅後、読書に関するEvernoteのメモを引っ張り出してきて、
2011年01月以降に買った書籍の読書状況をざっと整理してみました。
この2年間で買った本、図書館で手に取ってタイトルをメモした本の合計は23冊。
そのうち、読了したのはわずか4冊。
当然ながら漫画は含まず、また講義で使った参考図書なども含めていません。
また、厳密には2010年以前に買ったものの、
ほぼ未読で新規購入扱いとしているものが3冊ほどあります。
こうして見ると、図書館でパラパラと読んでみただけのものもあるものの、
少なくとも「読破したい」と考えた本がなんだかんだで
月1冊ペースで増え続けていた事に驚きました。
そして、そのうち読み終わっているのが17%程度というのもなかなか酷い……。

で、恥ずかしながら、上に書いた通り自分は“これを読むのが自分らしい”
というある種のファッションとして読んでいた超難読の哲学書が6冊ほどあって、
これを除くと17冊ということになります。
哲学という分野は2009年頃からほんのりと興味を持ち始めていたものではあるし、
読破した中にも哲学的ジャンルの本が2冊含まれているので、
あながち全く興味がないというわけではないのですが、
残っている6冊はあまりにも難読というのが現状です。
とりあえず、当面は哲学書以外の17冊を順番に片付けていきたいなと。
そして、新規に本を買うのは現行の読みかけを最低3冊読み終わってから、
というノルマを設けてみようかなと思っているところ。
こうする事で、読書欲に前向きな刺激を与えられたらなぁと思っています。
この17冊は、読書以外の自己表現欲よりも内容の興味が勝っているはずだし、
修論に関してひとつの山場を超えた今は
一気に片付けるチャンスではないかと思っています。

今日は昨日分のブログを書く以前の00時から不眠を貫き、
とりあえず日没後まで起き続ける事に成功しました。
いつもより4時間ほど多く、ベッドに倒れている時間もほぼ皆無で
何かしら軽作業をしたり、ゲーセンやら本屋やら大学やらに出掛けていたこともあって、
なんだかやたら長い一日のように感じましたが、
残念ながらそれに充実感が伴ったわけではありませんでした。
ゼミもサボらず、サイト更新作業もできて、ゲーセンでのプレイも不調ではなく、
なんだか淡々とした平常運転だったなという感じ。
ただ、ゼミが始まってからは一気に眠くなって完全に頭が酔っ払っていた感じでしたが。

充実感はなかったものの、非充実感もそれほどでもないかなといった感じ。
大学時代突入以来、水面下の生活が当たり前で平坦な生活が縁遠かった自分にとって、
平坦な一日というのはむしろ新鮮味があったように思います。

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