#3948

余暇の密度


今日の出来事 自分

先日給料日だったのでATMに行っていつものように全額引き出そうとしたら、
先月よりもおよそ5万円ほど多く入っていました。
これはもはや使用期間中の最初の給料の3倍以上に及ぶという計算になります。
まっとうに残業手当が出ているということなので、
これはちゃんと働いた分の見返りだと信じることができるのですが、
それでもさすがに貰いすぎのように感じます。
まぁでも、連日日付が変わるか変わらないかというほどの残業をしているのだから
それ相応となるとこの額は当たり前と言えば当たり前なんですが……。
ある意味、時給制で残業に応じてお金がたくさん入るからこそ
今の自分はなんとか仕事を続けられるんだなぁとつくづく思います。
この(従来の自分にとって)現実離れした収入だけが心の拠り所になっている感はあるかも。

でも最終目標がお金ではないことを強く思っているのもまた事実であって、
そこにたどり着けないもどかしさというのは徐々に強くなってきているような気がします。
要するに、収入があっても使うための時間が無いと。
ここで改めて、今までに出会った大人が口を揃えて行っていた
「大人は遊ぶ時間がないから子どものうちに遊んでおけ」
という言葉が身に染みて分かったような気がします。
言葉通りだとやや語弊があるので言い換えると、
子ども時代は大切さの順番が「時間よりお金」だったのに対して、
社会人時代はそれが逆転して「お金より時間」になっているわけなんですよね。

いわゆる社会人になってようやく、自分がずっと触れ続けてきたゲームという趣味は
どちらかというと時間を消費して楽しむものだったんだということに気付かされ、
それが社会人にとってはわりかし贅沢な遊びであることに気付かされました。
大学院時代から薄々と、周りが時間的コストに重きを置いた遊び方、
例えば飲み会などでパーッとお金を使おうとする姿勢に移り変わっていったのは感じていましたが、
自分はちょっとその波に出遅れた感はあります。

別に今までの趣味と決別しなければ社会人を続けられないとも思っていないのですが、
存続が今まで以上に難しくなっていくのは確か。
先月末のどん底に比べると気持ち的余裕は比較的保てている方だとは思うものの、
それでもこれについての決着が着かない限りは
まだしばらくお金と時間について悩み続けると思います。

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